デジタルヘルスケア最前線デジタルを活用し、病気やケガをしない生活を送る

1970年代に終焉を迎えた戦後の高度経済成長期以降、急激に少子高齢化が加速し、そう遠くない将来、1人の高齢者を現役世代2人にも満たない人数で支えなければならない時代に突入することが予想されている。

超高齢化社会を見据えて、日本の国民皆保険制度を守るためにどのような対策が求められるのか?

20XXの未来予想図を通して、デジタル技術で実現できる打ち手の可能性を考える。
 
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2019.03.27

限界を迎える日本の国民皆保険制度

日本における、国民皆保険をベースにした医療保険制度は、国民にとって非常に有り難いものだ。戦後の日本では、1950年代中頃まで農業や自営業者等を中心に国民の3分の1に当たる約3000万人が無保険状態だった。しかし、1958年に国民健康保険法が制定され、1961年に全国の市町村で国民健康保険事業が始まり、今では誰もが保険証1枚で、どの医療機関でも診療が受けられるという世界にもあまり例のない制度に進化した。実際、日本の医療保険制度に対する評価は高く、2000年には世界保健機関(WHO)から日本の医療保険制度は総合点で世界一と評価されている。昨今、様々な領域で日本の地位や評価が低下気味だが、日本の国民皆保険制度は世界に誇れる制度のひとつと言っても過言ではないだろう。

だがしかし、今般よく取り沙汰される通り、日本の国民皆保険制度はその持続性を問題視され始めている。下記グラフにもある通り、日本の国民皆保険制度がスタートした1950年代は、1人の高齢者を現役世代10人以上で支えることができた。しかし、1970年代に終焉を迎えた戦後の高度経済成長期以降、急激に少子高齢化が加速し、そう遠くない将来、1人の高齢者を現役世代2人にも満たない人数で支えなければならない時代に突入することが予想されている。

高齢者を支える現役世代の割合は減少を続けている

高齢年齢階層人口と現役年齢階層人口の比率(高齢社会白書:2018年版、65歳以上を15-64歳で支えた場合の人数比率、人)

如何に医療費等のキャッシュアウトを減らすのか

60年前に発足した現在の医療保険制度においては、就労世代の増加見込みと経済成長を支えにした潤沢なキャッシュインフローを前提にすることが可能だった。しかし、日本が移民制度等の大胆な政策転換を行わない限り、就労世代増と経済成長を前提としない医療保険制度に再構築する必要に迫られることは明白である。では、それはどうすれば良いのか?答えは簡単。医療費等のキャッシュアウトフローを減らすしか方法はない。

では、医療費はどうやって減らせるのか?極めてシンプルな解だが、方法は3つある。
  1. 第一に病気やケガをしない
  2. 病気やケガの診察コストを下げる
  3. 病気やケガをした場合の治療コストを下げる

今回は上記3つのテーマに関するデジタル技術を活用した取組みをまとめる。加えて、この3つのテーマの実現のために解決せねばならない課題を整理した計4回シリーズで本特集をまとめてみたい。まずは第1回「デジタル技術を活用して、いかに病気やケガをしない生活を送るか」からスタートする。

セルフヘルスケア未来予想図202X

オレの名前は真司。35歳独身。職業はエンジニア。結婚する気はないし、同世代の友人も独身貴族が多い。孫の顔を見たがっている両親には申し訳ないが、少子高齢化の片棒を担いでしまっている。ただ、両親を含めて高齢者の医療費はオレ達現役世代が支えているのも事実。医療負担3割なんて遠い昔の話で、今は医者にかかるとそれなりの費用が請求されるし、健康管理してくれる奥さんもいない。何よりオレたち現役世代が健康でしっかり稼がないとこの国の社会制度も保てないので、健康管理には随分気を遣っているし、工夫もしているつもりだ。

相棒チャットボット「ケンタ」のモーニングコールから、オレの一日は始まる。ケンタは寝返りの回数や心拍数、体温などから、オレの睡眠サイクルをウェアラブル・デバイスを通して常時モニターしている、ベストのタイミングで部屋を自動ライトアップしたりアラームを鳴らして、オレを覚醒させる。コイツのおかげで質の良い睡眠が得られるのだが、「真司の今日の睡眠は95点でした」と。残りの5点が気になるじゃないか。

今日は月曜日。午後はプロジェクト進捗が厳しく追及される週次定例会議がオレを待っている。週明けのハードな1日を乗り越えるためにも、今日はハイカロリーなパワーランチだ。おや、ケンタがリストバンドをバイブさせて何か言っている。「血糖値が高まっているから、今から30分歩け」という。オレの血糖値までリアルタイムで監視しているのか。糖尿病にはなりたくないし、午後の会議での言い訳でも考えながら、その辺を散歩でもするか・・・。

午後の会議は本当にストレスフルだったし、心拍数や血圧をモニターしているケンタも、オレのメンタル状態を心配してくれている。そんな月曜日のアフターファイブはジムでワークアウトと決めている。さて、今日はどんなプログラムのトレーニングだろう? ケンタはオレの筋肉量も把握していて、ジムにいるときは鬼トレーナーに早変わり。屈伸回数や活動量も見張られているので、人間のトレーナーよりもごまかしがきかない。

そういえば、この前祖母に送ったアンクル・デバイスは効果を発揮しているらしい。高齢者は転倒事故がキッカケで寝たきりになることが多いと聞いて、下半身の運動状態がモニターできるデバイスを祖母にプレゼントしたんだ。ちなみに、プレゼントの原資は、健康組合や保険会社からリファンドされた保険料だ。最近、病院や薬局に行かなくなったし、健康診断の結果も良好なので、払った保険料の一部が返金されるようになった。大金ではないけれどありがたいし、健康維持のモチベーションになってもいる。

ワークアウト後なので、今日の夕食は野菜とタンパク質を中心に摂取。毎食スマホで写真を撮り、画像認識された食事内容のカロリーと栄養素が自動で記録される。ケンタに文句言われないように、アルコール摂取は控えめに。入浴後、ヘルスメーターで体の状態を計測するのは日課になっている。体重、体脂肪、骨格筋量、内臓脂肪・・・。スマホの中のケンタが何かを言っている。「生活習慣病のリスクが3ヵ月前より5%低減」か。たくさんの人々の活動内容や健康状態、既往歴がデータベース化されていて、オレの活動内容や健康状態をビッグデータに照らして病気になるリスクを計測しているらしい。以前は年一回の健康診断で満足していたが、今は毎日が健康診断みたいなもんだ。健康管理してくれる奥さんはいないが、ケンタがいればオレの健康状態は万全というわけだ。ケンタ、明日も爽やかな朝を頼むよ。

デジタル技術と親和性の高いセルフヘルスケア領域

この未来予想図や基礎技術は既に実現されているものも多い。例えば健康維持にとって非常に重要な睡眠管理。様々なタイプがあるが、活動量計を兼ねたリストバンド型やウォッチ型が今は主流だろう。もちろん、スマホ連携されるし、最近は質の良い睡眠と言われる「レム睡眠」を取れているかどうかの判断をする機能を備えたものも登場している。

また、食事管理も健康維持には欠かせない要素だが、文中にある食事内容の画像認識とカロリーや栄養素測定技術もすでに商用化されている。食事内容や摂取カロリーを手入力するのは非常に手間がかかり、途中で止めてしまう人も多いが、写真を撮るだけで食事内容が分析・蓄積できれば、続けられる人も多いのではないだろうか。また、健康診断結果などで保険料を割り引く生命保険商品は既に登場しているが、健康保険に頼りすぎた通院や投薬を減らし医療費を削減するためには、健康を維持している被保険者への何らかのインセンティブプランを検討する価値はあるかもしれない。

一方、まだ実現できていない技術もある。例えばバイタルデータの中でも、ウェアラブル・デバイスによる血糖値計測は少し難易度が高いのではないか。正しい血糖値を測定するにはやはり採血が必要だろう。センサーを体に貼って計測するタイプのものも登場しているが、価格や精度には未だ改善すべき点が多い。健常者・糖尿病罹患者も含めて、リアルタイムで手軽に血糖値を計測するニーズは非常に高いので、新技術の確立が待望される分野のひとつだ。体内内蔵型のIoB技術が確立し、安全性が担保できれば、そう遠くない将来に実現するかもしれない。

また、活動内容や健康状態と各種疾病の罹患との関係性の解明には、膨大なヘルスケアデータベースが必要となる。産学官が連携し、次世代健康プラットフォームを構築する動きもあるが、ヘルスケアデータは究極の個人情報でもあり、技術的にも法制度的にも様々な壁をクリアする必要があるだろう。

ただ、いずれにしても、病気やケガを予防するフィジカルおよびメンタルのセルフヘルスケア領域においては、デジタル技術の活用は大本命で、親和性も非常に高い分野である。既存の大企業だけでなく、ベンチャー企業も新しい発想で様々な技術を生み出している。様々なデジタル技術を融合・活用することで人々の健康的な生活をサポートし、ひいては医療費負担の軽減につながっていくのではないだろうか。
次回は「デジタル技術を活用して、いかに診察の高品質化と低コスト化を実現するか」をテーマに考察する。

パートナー 大野 伸一

大手証券会社、銀行、外資系コンサルティングファーム等を経て、ベイカレント・コンサルティングに入社。
金融機関、商社、メーカー等の広範な業界を対象に、経営戦略の策定や事業参入戦略、広告・マーケティング戦略、業務プロセスや内部統制等の改善、次期業務基幹システムの構想策定等の多数のプロジェクトに従事。