PoC実施において、対象となるユースケースを選択する観点は、自社においてデジタル化を進めたい組織の立ち位置や影響力によって異なる。
既に専任のデジタル組織が存在しており、充分な実績を積んでいる場合は、全くの新サービス提供や顧客とのタッチポイントのデジタル化と言った先進的でチャレンジングなユースケースを選択し、対象となる事業部とコンパクトな体制でPoCを実施した方が効率的と言える。前回の記事でも説明した「シリコンバレー型PoC」 だ。
一方で、ほとんどの日本企業はその段階に達していない。デジタル組織が存在しないか、あったとしても"お試し"レベルのPoCに終始していて、実感できる効果を伴っていない。仮に先進的なチャレンジを実施しており、効果が出てきていたとしても、社内にはその内容が伝わっていない事も多いだろう。
そのような場合には、CDOの下でデジタル化の「最初の1ケース」を全社横断で協力して実施し、成功体験を皆で共有することが重要だ。これにはデジタル組織では取りきれない責任を、複数の事業部で分散してフォローアップする意味もある。全員が1つを助ける「
スクールウォーズ型PoC」と言えるだろう。大企業において「全社」というと理想論に聞こえるかもしれない。しかし、「キー部署になりうるところ全て」が実態であったとしても、デジタル組織が単体でチャレンジすることに比べれば、はるかに有意義な取り組みになるに違いない。
その上で「スクールウォーズ型PoC」を機能させるには、誰もが受け入れやすいものを選択する必要がある。企業として置き換えると、誰もが、業務に大きな変更を加える事なく効果を期待できるユースケースという事になる。代表的なものが、全社共通の業務だ。
さらにA社においては、
全社的なコストカットの大号令の中で、PoCに対する投資をマネジメントに納得させる
という、ハードルの高い前提条件をクリアする必要があった。必然的に、比較的小さな投資で始める事ができ(リーン)、効果がコストカットの成果として目に見える事が要求される。
CX向上を目的とした顧客向けの取り組みは、成功すれば大きなインパクトを産み出す可能性があることは事実だ。しかし、既存のCXを変えようとすると、前提として一定以上の投資が必要である。また、顧客とのタッチポイントがよほど大規模かつ洗練されていない限りは、フィードバックを得ることが難しく、PDCAを回しにくく、リターンの確度を予測しにくい傾向にある。
一方、社内向けのサービスであれば、比較的フィードバックを得ることの難易度が低く、それだけPDCAを短いタームで回すことが可能だ。効果も、現状で把握できている業務に対する期待成果は測りやすく、ROIを比較的予測しやすくなるだろう。
上記の要素を総合的に勘案し、A社においてベイカレントは、
社内の各業務において利用する膨大なマニュアルを、AIを活用して効率的に検索する
というユースケースを選択した。
このユースケースであれば、事業部門からIT部門、サポートに至るまで、誰もが効果を実感できるだろう。
1人ひとりに対するインパクトは、時間にすれば検索1回あたり5分程度だ、しかし、前述したように、デジタル化の初期段階においては全社の協力が優先される。薄く・広く、からスタートしないと、デジタル組織が認められるのは難しいのだ。