賽の河原化するPoCからの脱却実態からみる、PoC実施にまつわる課題

CXを重視するデジタルビジネスでは、テクノロジーによって目指す体験を実現できるのか、そしてその体験はユーザー目線で満足できるのか、といった点を従来のビジネス以上に慎重に検討する必要がある。机上の検討だけではなくPoCを行い、テクノロジー視点での「実現性」と、ユーザー目線での「実効性」を検証する。

日本企業でも当たり前に実施されるようになってきたPoCだが、その実態を見てみると、日本企業ならではの事情に起因する問題点が浮き彫りになってきた。そしてそれらを解決するためには

1.協力が得やすいユースケースを策定する
2.ロードマップを描ききってからPoCを始める
3.取組みをスムーズに進めるための組織と制度を作り上げる

の3つのポイントを重視する必要があるのではないだろうか。
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2018.10.23

需要が加速する、AIによる業務効率化

 働き方改革が叫ばれ、時間外労働の削減に対する社会の要求が厳しくなった結果、従業員の労働生産性の向上は日系企業(特に大企業)において最重要のテーマになりつつある(図表1)。正規雇用数万人を抱えるA社でも、人手の介在しないビジネスプロセスへの変革を目指した取り組みが企図された。
 人手に替わるリソースとしてのAIの活用は、特にここ数年で劇的な進化を遂げており、今後もその流れは加速してゆくことが見込まれる(図表2)。対象となる分野・領域のみならず、扱う内容の複雑さからも活用可能性の広がりを見て取ることができる一方で、実際に実務適用からインパクト創出に至るまでには多くの困難が存在していることもまた事実だ。
 先端テクノロジーの活用を検討する初期段階で多く用いられる手法の一つに、デザイン思考に代表されるようなアイデア創出のワークショプがある。A社でも、複数回のワークショップを実施し、AI活用による現状業務の代替を前提とした様々なアイデアが生み出されていた。

日本とシリコンバレーにおけるPoC事情の違い

 アイデア群ができると、その中から有望な一つを選び取り、その実現に向けて深く検討してゆく事になるのは従来のビジネスでも同様だ。ただし、デジタルビジネスにおいては特に、PoC(概念実証)という考え方が重要とされている。

 PoCとは、ビジネスアイデアという”種”が企業として取り組むに値するのかを実際に手を動かして判断するための ”試し打ち” のようなものだ。デジタル活用では、先端テクノロジーを活用して今までにないユーザー体験(業務の生産性向上といった場合には従業員、とくにビジネスユーザーを指している)を提供することが主眼となる。そのため、当該テクノロジーによって目指す体験を実現できるのか、そしてその体験はユーザー目線で満足できるのか、といった点を従来のビジネス以上に慎重に検討する必要がある。机上の検討だけではなくPoCを行い、テクノロジー視点での「実現性」と、ユーザー目線での「実効性」を検証するのだ。

 PoCにおいて重視されるポイントは企業によって様々だが、企業としてのデジタルビジネスの経験度合いによって、その違いにも傾向が見て取れると考えている。

 例えば、シリコンバレーに代表されるデジタル領域で先行する企業では、PoCと言えば実効性の検証が主眼となる。

 シリコンバレー企業が擁するエンジニアは、日本におけるエンジニアとは概念が異なる存在と言ってよい。彼らは一人一人がニーズ探索から実装までの、言わばビジネスの具現化力において一騎当千の存在であり、優れた技術力を背景に実現性の検証のために必要十分なプロトタイプをごく少人数で次々と開発してゆく。その上で、彼らは実際にユーザーに使ってもらい、そこからフィードバックを得る。シリコンバレー企業にとっては、実効性検証こそPoCなのだ。

 過去に存在したGoogle Labsはこういった考え方の顕著な例だ。当時のGoogle Labsの説明は以下のように記載されていた。
 "Google Labs is a playground where our more adventurous users can play around with prototypes of some of our wild and crazy ideas and offer feedback directly to the engineers who developed them. Please note that Labs is the first phase in a lengthy product development process and none of this stuff is guaranteed to make it onto Google.com. While some of our crazy ideas might grow into the next Gmail or iGoogle, others might turn out to be, well, just plain crazy.”

 (Google Labsは、冒険的なユーザーがわくわくするようなアイデアの試作品をプレーして、開発エンジニアに直接フィードバックを提供できる場です。Labsは長い製品開発プロセスの最初の段階であり、いずれの試作品についてもGoogle.comへの移行を保証してはいません。私たちのクレイジーなアイデアのいくつかは、次のGmailやiGoogleに成長するかもしれませんが、それ以外のアイデアは単にクレイジーなものとして終わることにもなるでしょう。)
 読めばおわかりのように、少人数(多くの場合は一人)のProduct Ownerがサービスコンセプトを具体化し、本人がユーザーから直接フィードバックを得て、サービスのリリースまで責任を持つという、シリコンバレー流のサービス創出の考え方が見て取れると言えるだろう。

 翻って、本件に該当するような、いわゆる日系の大企業ではリソースや組織制度の面でPoCの実施ハードルが高く、簡単にプロトタイプのリリースには踏み切れない。その結果、国内のPoCの実態としては実証されているテクノロジーの挙動を単に再現している物や、既に提供されているソリューションが自社に適応できるかを判断するための動作確認に過ぎないものが多い。前述した実現性の、さらに一部の検証に留まっており、シリコンバレーのエンジニアであれば数日でできることに数ヶ月かけている例もあるほどだ。A社でも、セキュリティに対するシステム側の腰の重さ、社内手続きの柔軟性の低さに起因する過剰なほどの項目を含むPoC実施検討書の提出(準備の煩雑さに加えて、利用するデータ項目を事前に確定することが求められるがゆえに検証サイクルが長期間化する)といった制約が、PoCの実施における足かせとなっていた。

日本企業によくある問題点と解決のポイント

 弊社では、日本企業においてPoCを実施し、さらに実際のビジネスインパクト創出を実現するためには、以下の3点が特に重要なポイントだと考えている。
  1. 協力が得やすいユースケースを策定する
  2. ロードマップを描ききってからPoCを始める
  3. 取組みをスムーズに進めるための組織と制度を作り上げる
 1つ目のユースケースとは、ビジネスアイデアのコンセプトを基に実際のユーザーやその利用シーンを定義したものである。アイデア創出の段階におけるビジネスアイデアの具体化度合いは様々だが、創出段階で重要なのはユーザーの体験価値とそれを実現する方法、いわばビジネスのコンセプトとして優れていることだ。そしてそのコンセプトをPoC実施に足るユースケースに落とし込んでゆくわけだが、全社の協力が不可欠となる大規模PoCを実現するためには、この段階で協力が得やすい形のユースケースに落とし込むことが重要だ。

 2つ目のロードマップは、PoCの実施そのものを目的化しないために必須の準備だ。単純に先々までのスケジュールが設定されているだけでなく、目指すビジネスインパクトを定量的な目標として設定することで、PoCの効果検証の内容を明確にし、さらに全社展開の順序や各部門に導入した場合のインパクトを高い説得力で説明することができる

 3つ目の組織・制度では、特に予算取りの仕組みを構築することが重要なポイントになる。企業としてのR&D機能やデジタル組織の有無にかかわらず、新たな取り組みにおける責任の所在やそれに伴う費用の拠出は大企業であるほど困難を伴うためだ。継続的にPoCを実施し、成果を出してゆくことを目指すのであれば、組織としての責任分界点だけでなく、従来型のビジネスとは発想の異なる、デジタルビジネスの創出に合わせた制度を準備することが重要だ。


 第二回以降では、上記3点について、より実例に近い形で成功の要諦を紹介していく。