デジタルヘルスケア最前線ヘルスケア領域においてデジタルをフル活用するために越えなければならない壁

これまで3回のシリーズで、「予防」「診察」「治療」の領域におけるデジタルヘルスケアの最前線を追いかけてきたが、ヘルスケアにおいてデジタル技術をフル活用するにはまだまだ幾つかの「壁」が存在する。それはどんな壁で、その壁をいかに越えていくか。シリーズ最終回はこれをテーマとしたい。
2020.06.30

許認可の「壁」

医薬品や医療機器は生命に大きな影響を与えるリスクがあることから、世に出していく(上市)には規制当局による「許認可」が当然必要である。日本においては「医薬品医療機器等法(薬機法)」に基づき、厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)が承認審査を行う。アメリカであれば米国食品医薬品局(FDA)が、ヨーロッパ(EU)であれば欧州医薬品庁(EMA)がその責務を担う。承認審査のスピードや審査体制の充実度等で日本は欧米の後塵を拝していると言われているが、本稿で論じたいのは旧来の承認審査の考え方や進め方で、例えばAI搭載の医療機器を審査できるのか?という点である。

これまでの医療機器の承認審査は、「販売後も、承認時点の仕様や性能が変わらない」ことを前提としてきた。治験や臨床実験時のデータを分析し、上市後もその結果が非常に高い確率で変わらないということを担保した上で承認してきた訳である。ところが、AIや機械学習機能を有した医療機器(例えばAI診断システム)は、医療の現場で使えば使うほど医療機器自ら賢くなる。つまり、承認審査時点の性能が変化してしまうことになり、「販売後も、承認時点の仕様や性能が変わらない」というスタンスを堅持するのであれば、ゼロから再び承認審査プロセスをやりなおさなければならなくなり、デジタルヘルスの普及としては阻害要因となってしまう。これは、技術的な要素以外にも多くの課題を抱える「自動運転」と似た構図であり、つまり「もし事故が起こったら誰がどのように責任を取るのか?」という法的枠組みや処理プロセスをどのように整理するかがボトルネックのひとつになっている。

これらの課題に関しては、例えば日本では既に以下のような動きが出ている。
引用:2019年6月12日付 毎日新聞記事
2019年11月の薬機法の改正で、AIを使った医療機器に対応した新たな承認制度が成立している。法改正前は、性能が変化する度に改めて審査を受けなければならなかったが、改正後は、あらかじめ性能変更計画を示し事前確認を受けておけば、計画通りの性能変更であれば原則届け出だけで手続きが完了する。米国でも2019年4月にFDAがAIを組み込んだ医療機器の開発に関するガイドラインを準備することを表明しており、世界的にデジタルヘルス時代に即した当局規制改革を進める潮流になっている。しかし、デジタルヘルス技術が高度化するということは、搭載されるAIのアルゴリズムも複雑化・難解化することは避けられず、審査・承認する規制当局側の技術的な高度化も同時に追求・実現する必要があるだろう。

データ利活用の「壁」

デジタルヘルスケアの高度化には、膨大な臨床データやバイタルデータ等の各種医療データの収集・活用が不可欠で、エストニア等一部の国では国家政策として医療データの収集・活用が進んでいる。このことは第2回「診察」の回でも触れた。しかし、究極の個人情報ともいえる医療データは、提供する側の個人の不安感や抵抗感も強い。日立製作所と博報堂はビッグデータで取り扱う生活者情報に関する意識調査を実施しており、その中で以下のような調査結果が出ている。
Q. 企業や公的機関などによるパーソナルデータの活用に関して、どのように感じますか。「活用への期待」と「リスクに対する不安」のどちらが大きいかお答えください。
 引用:「第四回ビッグデータで取り扱う生活者情報に関する意識調査」(2019年6月)  日立製作所・博報堂
上記を見てわかる通り、パーソナルデータの活用に対して、生活者は期待感よりも不安感を依然として強く抱いていることがわかる。医療データを活用したデジタルヘルスを進化させるためには、生活者が持つデータ活用への不安感や抵抗感を払拭することが不可欠である。

日本における医療データの活用の動きとしては、2014年(平成26年)度以降、健康保険組合等医療保険者が、レセプト・健診データを活用した「データヘルス計画」の作成・公表を行い、2015年(平成27年)度からの3年間を第1期として位置付けてレセプト・健診情報等のデータ分析やPDCAサイクルに基づく保健事業を実施することを推進している。これは2013年(平成25年)6月に閣議決定された「日本再興戦略」において重要な柱の一つとされた“国民の健康寿命の延伸”を実現する施策のひとつとなっている。少子高齢化が着実に進む日本において健康寿命を延伸させることで、経済活動の担い手確保や社会保険費用の低減につなげたいという考えだ。平成29年度に第1期が完了し、平成30年度から第2期がスタートしているが、厚生労働省はデータヘルスを更に以下のように改革しようとしている。
引用:「今後のデータヘルス改革の進め方について」厚生労働省(2019年9月)
この中では「ゲノム医療・AI活用の推進」「自身のデータを日常生活改善等につなげるPHR(Personal Health Record)の推進」「医療・介護現場の情報利活用の推進」「データベースの効果的な利活用の推進」の4テーマが未来予想図として掲げられているが、いずれを実現するにしても、堅牢な情報セキュリティ態勢の構築と「情(報)は人の為ならず」という国民の理解と納得が不可欠であろう。

デジタルヘルス改革を牽引する新型コロナウィルス

本稿を執筆した2020年5月から6月にかけては、新型コロナウィルスが世界的に猛威をふるい、人類が様々な辛苦をなめる結果となっているが、一方皮肉にも様々な社会や生活様式の変革を進めるキッカケにもなっている。ヘルスケア領域においては、新薬承認プロセスの効率化・迅速化、AI等を活用したドラッグ・リポジショニングの活発化、オンライン診療の普及等、これまで遅々として進まなかった物事が危機をきっかけにして一気に進み始めている。遺伝子学においては、ウィルスが生物の進化に深く関与していると言われているが、ウィルスは人類の科学技術をも進化させている。この人類共通の危機を好機と捉え、様々な壁を越えてデジタルヘルスケアが普及していく未来を信じつつ、このシリーズを終えたい。

パートナー 大野 伸一

大手証券会社、銀行、外資系コンサルティングファーム等を経て、ベイカレント・コンサルティングに入社。
金融機関、商社、メーカー等の広範な業界を対象に、経営戦略の策定や事業参入戦略、広告・マーケティング戦略、業務プロセスや内部統制等の改善、次期業務基幹システムの構想策定等の多数のプロジェクトに従事。

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