賽の河原化するPoCからの脱却DXの完遂に向けた組織制度のあり方

DXを推進するための形式知は整理が進み、特にデジタル組織で完結する取り組みの要諦は明らかになってきている。

しかし、一部の研究成果であるPoCの結果をレガシー資産を抱える全社の事業部門に適応していくためには、PoCとは異なるタイプの困難に打ち勝っていく必要がある。

全社に対する影響が顕在化する中でDXの取り組みを進めるためには、DX推進という目的に合致した組織・制度を認めさせる必要がある。組織とは当然デジタル組織であるが、その目的がPoC実施までとは異なる以上、より強い組織として発展的に解消される必要があるということだ。そして、組織の権限を強化するためには然るべき制度が整わなければならない。

突破力のあるリーダーに象徴される個の強さを中心にしつつも、脇を固める組織としての能力、そして実効性とガバナンスを担保するための制度をデジタル組織が自ら発信することが重要だ。

PoCにまつわる連載の最終回では、DXを完遂に至らせるための組織制度のあり方を考える。
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2019.07.29

PoC成果の全社展開が持つ意義

前回、デジタル組織が主導するDXに向けた取り組みとして、「業務マニュアルを効率的に検索する為の、社内文書検索システムへのAI導入」という事例を踏まえて、以下のロードマップに沿ってその要諦を説明した。
    ⅰ:PoCの企画
    ⅱ:PoCの実施
    ⅲ:一部の事業部への試験的な導入
    ⅳ:全社への展開

前回の対象範囲だった「ⅰ:PoCの企画」〜「ⅲ:一部の事業部への試験的な導入」までのポイントは、「いかに全社の協力を取り付けるか」だったと言える。その為の要点として、
 
 ・協力が得やすいユースケースを策定する
 ・
ロードマップを描ききってからPoCを始める

の2点を提示した。これらの要点を押さえて、全社一丸となって取り組むことが、経験が十分でない日本企業のデジタル組織がDXを成功させる為に必要不可欠だからだ。

「ⅳ:全社への展開」のステップになると、これまでの考え方の一部を変更する必要が出てくる。なぜなら、全社展開ではデジタル組織がイニシアチブをとって進めることをこれまで以上に求められる。そして、それこそがデジタル組織の存在意義に直結するためだ。

ここから先は、デジタル組織の責任、そして成果として全社展開を成功させなければならない。全社に見守られて育てられてきたPoCの成果を羽ばたかせるために、デジタル組織にとって真に重要なチャレンジの段階に入るのだ。

そこで、前回3つ目のポイントとして挙げていた「③取組みをスムーズに進めるための組織と制度を作り上げる」の具体的な内容を整理する事で成功の要諦を紐解いてゆきたい。

全社展開に向けた課題

状況を整理すると、デジタル組織を取り巻く環境は以下のようになっていることが多いだろう。
 
  • 一部の部署において実施したPoCを通じて、全社展開におけるROIはある程度見えてきている
  • 一部の事業部のフォローで実施したPoCであり、全社展開の責任者は合意されていない
  • 当然、技術活用の「検証」ではなく、全社展開に向けた「導入」の予算は取れていない

これらの、ヒトモノカネを考えたときに容易に想像できる状況・課題に加えて、PoC成果を全社展開するためには、
  • 各部署の固有の事情が見えていない
  • 結果として、全社展開においてどの程度部署毎にカスタマイズするかの方針が定まらない

といった状況が足かせになることが多い。もともと、PoCを協力的な部署で実施することが前提となっているため、部署固有の業務・システムに対する影響は後回しにせざるを得ないためだ。

今回の例であれば、例えば既にデータ化されている文書のみが検索対象になっている場合、紙のマニュアルと併用している部門では、むしろ業務が非効率になる可能性もある。それらの部署では、従来の社内システムに乗っているマニュアルも全て印刷し、部門用のマニュアルとしてバインダー等にまとめていることがほとんどだからだ。

部門の責任者に言わせれば「一部のマニュアルしか対象になっていない、片手落ちではむしろ逆効果」となり、デジタル部門に言わせれば「結局印刷して使うのではあまり意味がない」となって、意志の相違が発生することになる。

プロジェクトとしては全社標準での業務の効率化を目標にしているわけだから、KGIの達成のためには苦痛を伴う業務の見直しまで部門の中で実施してもらう必要も出てくるだろう。

成功の鍵

上記の課題を解決し、PoC成果の全社展開を成功に導く為の要諦は3つある

    A:予算は特別にプールした上で、活用状況をプロセスKPIでトラッキングする
    B:突破力のあるリーダーに権限を集約させる
    C:部門固有の事情は覚悟を持って撥ねつける


A:予算はプロセスKPIで管理する

一般に、予算取りというと、金額の大小に関わらず成果物定義の明確さを求められることが多いだろう。

DXをミッションとするデジタル組織の予算取りが困難となる理由はここにある。「変革する」という曖昧な状況を成果物で定義することは困難だからだ。理想的には、ある程度の予算をまとめて与え、使わなければペナルティを課す、くらいのトップの覚悟があれば良いが、それは現実的ではないだろう。

そこで、まずは(多少の不明確さはあったとしても)デジタル化の特別予算といった形で予算はプールした方が良い。この予算は最終的にはCDOの権限で利用できるものの、一定のトレーサビリティの担保を約束することで、新たな予算の形をマネジメントに認めてもらう事が重要だ。

これがまさに「取り組みをスムーズに進めるための組織と制度」を作るという事だ。

具体的なトレーサビリティの担保においては、達成した成果ではなく、変革に向けたチャレンジを評価するために、行動量(プロセス)を基準にしたプロセスKPIで活用状況を管理することが重要だ。むしろ、全社展開のROIとは切り離して考えてしまった方が良い。個別部署での見込み成果をグロスで見てROIを成立させ、実際にその通りに効果が出る、といった理想論に終始していると、結局は鉛筆を舐めただけのROIを作って後で帳尻合わせに苦労するのが関の山だろう。

予算の総額やROIに固執するのではなく、コストのトレーサビリティーを担保することで、ある程度の権限委譲が実現できるはずだ。

B:突破力のあるリーダーに権限を集約させる

PoCの対象となった部署は、前回の内容の通りデジタル部門の取り組みに協力的だという前提があるが、全社展開となるとそうはいかない。当然、「うまくいかなければ誰が責任を取るのか?」という問いに答えられるようにしておかなければ、検討すら始めることはできない。

ここで重要なのは、多忙なCDOに全てを集約させる必要は必ずしもないということだ。

もちろん、最終的な責任者がCDOであることは明白だが、ここで活躍すべきなのは社内事情に詳しく、交渉上手な「突破力のある」導入リーダーだ。特に、CDOを外部から招聘した場合、思い切って導入リーダーに権限を集約させた方が、各部署を説得していきやすい。

導入リーダーにはCDO同様、会社を良くするために、時には痛みを伴う変革も強引に進めるだけの覚悟が求められる。そのために、IT部門等から生え抜きのリーダークラスを口説き落としてデジタル部門に引き入れる事もCDOの重要な仕事になるだろう。デジタル部門にやりがいのあるポストを用意し、最初から全社改革を担ってもらう事で、デジタル化の旗印になってもらうのだ。

ただし、責任分界点を明確にすることは必要だ。特に重要なのは、各部門とデジタル組織の分界点だが、これは都度最適な形で定義する必要があり、一概に決められる事ではない。ただし、重要なのは部門の状況に寄り添って信頼を勝ち得る事だ。

従来のIT組織の様に、仕様の範囲内での動作保証のみ責任を担ったり、ともすればトラブルの度にベンダーのSLA(Service Level Agreement)を持ち出す様では信頼を得ることは不可能だ。場合によっては各部門の業務に対する影響を検討し、打ち手まで伴走して納得してもらうことが必要だ。導入リーダーはあくまで交渉のテーブルに座ってもらうことが第一義であり、無理やり導入させることが目的ではない。

その上で、導入リーダーは部門ごとの状況を勘案して個別に責任分界点を設定し、社内コンサルのような立ち位置で各部門の体験価値を高めるために奔走する事になる。これも非常な困難が伴うが、デジタル部門は一度のPoCを成功させる為の組織ではない、はじめに信頼を勝ち得て実績を出す為の苦労は、その後の取り組みにおいて大きな意味を持つのだ。

C:部門に固有の事情は覚悟を持って撥ねつける

信頼を得るという方針と矛盾するようだが、部門の要求に寄り添ったカスタマイズはNGだ。

PoCはあくまで、前提条件が担保された状態での効果を検討したものであるから、本来の使い方をしなければ効果が出ないどころか逆効果になるのは明白である。仮にPoCに参加してくれた協力的な部署からの要請であっても、「期待成果を出すために必要な条件は譲らない」ことをプリンシプルとして徹底すべきだ。

もし、どうしても折り合わなければ、部門側の条件が整うまで導入は見送った方がよいだろう。繰り返しになるが、デジタル組織はベンダーではなく、売ることがKPIではない。予算を行動量で管理する効果はここにもある。複数の部門で効果が出ていれば、未導入部門の方から声がかかり始めるはずだ。効果を周知する為のロビー活動が有効になることもあるだろう。

CDOには「政治で導入させる」のではなく、「効果を実感してもらう」ことこそが重要だという認識が必要なのだ。

終わりに:賽の河原からの脱却に向けて

「賽の河原化するPoCからの脱却」と題し、全3回に渡ってPoCの企画〜全社展開までのポイントをお伝えした。PoC花盛りと言っても相違ない現状だが、日本企業が現状の体質・仕組みのままで真の効果を出すまでには多くの困難が待ち構えている。

しかしながら、PoCを行うこと自体は大きな学びを伴う、効果的な取り組みであることもまた事実だ。PoCを単発で実施するのではなく、複数のPoCからの学びを生かすことが「DXのPDCA」を回すことにつながり、今回のような全社導入まで達成できる事例にもつながる。

目の前の成果だけに固執せず、長期的なVisionを持つCDOがリードすることで、PoCという「手段」はDXという真の目的に到達するための道標になるのだ。