デジタル技術によって食べ物の好き嫌いは克服できるのか
食べ物の好き嫌いは、前述した遺伝的要素と環境的要素が要因となり起こります。そこで、私は環境的要素である「味覚嗜好学習」の性質をうまく利用すれば、幼少期の子供の好き嫌いが克服できるのではないかと考えています。
そこで、デジタル技術を活用して食べ物の好き嫌いを克服するための2通りの方法(仮説)を考えてみました。
【方法①】すでに嫌いな食べ物を好きになる
認知科学や心理学の領域では、視覚と味覚、視覚と聴覚など、本来別々とされる知覚が互いに影響を及ぼし合う現象(クロスモーダル現象)があるとされています。
そこで、この現象の具体例として、横浜国立大学教授の岡嶋克典による実験を紹介したいと思います。まず、被験者がヘッドマウントディスプレイを装着し、マグロ(赤身)のお寿司を食べます。そのときに、ディスプレイにトロやサーモンの映像を表示すると、被験者は味覚情報から得たマグロ(赤身)よりも視覚情報から得たトロやサーモンを食べていると錯覚してしまうそうです。
このクロスモーダル現象とVR/AR技術を組み合わせることにより、嫌いな食べ物も好きな食べ物に錯覚させて食べることができる。そのため、「嫌いな食べ物を美味しく食べられた」という良い体験が得られ、なおかつ、その食材の良い面に少しずつ触れることにより、嫌いな食べ物を好きになり、食べられるようになるのではないか、と考えます。
【方法②】初めて食べる、新しい食べ物を嫌いにならないようにする
シンガポール国立大学のNimesha Ranasingheらによって、バーチャルカクテル「Vocktail」という新しいデバイスが開発されています。このデバイスは、色・味・香りを変化させることにより、ただの水や既存の飲料に新たな食材を加えることなく、飲料の味を変化させることができるそうです。
このようなVR/AR技術を応用し、味覚情報を苦いものから甘いものに変化させる、嗅覚情報を臭い匂いから良い香りに変化させる、といった食体験をコントロールすることにより、新しい食べ物を食べたときの満足感を得やすくさせ、その食べ物を好きになってもらうことができるのではないか、と考えます。
ただし、どちらの方法も食べ物の好き嫌い克服のきっかけを与えるためのものであり、本質的に解決するものではありません。まず、子供に食に関する興味を持たせることが好き嫌い克服の第一歩であり、食に関する親子の会話を増やす、一緒に料理を作る、栽培を体験する、等を子供に経験させること、すなわち親も食に関する興味を持つことが最も重要であると考えます。