デジタルトーク

2020.08.19

共通 新規事業の落とし穴にはまらないために、顧客が本当に必要としている機能を問う

技術ドリブンでは手詰まりになってしまう新規事業

昨今のDX機運の高まりを受け、多くの企業が新規事業の取り組みを進めようとしている。ただ、まだまだ成功と言えるほどの事例は少ない。特に成功率の低いケースが、デジタル技術を活用した0→1サービスの開発。新規事業の立ち上げにこだわるがあまり、顧客を中心に据えたストーリーが置き去りにされる取り組みだ。

巷をにぎわす画期的なプロダクトやサービスは、往々にして新しい技術や考え方を活用した部分にフォーカスが当たる。そのため、新規事業に挑む企業が、技術検証に白熱してしまう傾向が目立つ。仕方のないことかもしれないのだが、これまで成功を収めた企業は、技術活用だけに注力したわけではない。顧客の悩みを解決する事に情熱を注ぎ、自分事と捉えて解決方法を考えた結果、手段として新たな技術や考え方を活用してきたのである。
ドラッカーも、「事業の目的は顧客の創造である」と説いている。新規事業に行き詰まっている際には、「顧客は誰か」、「顧客の真の困りごとは何か」、「困りごとを解決するのは何か」という、思いの込もった顧客のストーリーを探求することに立ち返ることをお勧めする。
では、具体的にどのように進めたらいいのか。ここからはアイリスオーヤマの事例から考えてみたい。ユーザーの本質的なニーズに応える「なるほど家電」を打ち出し、成長を続けている同社の営みにはきっとヒントがあるはずだ。

「新規事業巧者」アイリスオーヤマが実現するバリューイノベーション

アイリスオーヤマ株式会社は、2005年に家電業界に参入した。その家電事業が2018年度には810億円に到達している。同社の全売上高はこのとき1,500億円。つまり、わずか14年で売上高の半数以上を占める事業にまで成長したのである。ここまで早く成長できた理由は、端的に言うと「市場分析」と「顧客分析」の能力が優れていたと言えるのだが、その源泉は「ブルーオーシャン戦略を巧みに利用したこと」にあったと推察する。
ブルーオーシャン戦略とは、競争者のいない未開拓市場を創造することである。未開拓市場を切り開くためには、顧客価値の低い機能(取り組み)を減らすことによる「低コスト化」と、顧客価値の高い機能(取り組み)を増やすことによる「高付加価値化」を同時に行う必要がある。すなわち、価値(バリュー)創造と革新(イノベーション)を同時に達成する「バリューイノベーション」の実現が不可欠となるのだ。

同社は、シンプルでリーズナブルながらユーザーの本質的なニーズに応える「なるほど家電」というテーマを掲げて製品開発を行っている。この「なるほど家電」のコンセプトはバリューイノベーションの考え方そのものであり、開発された製品は顧客から共感を得て、競合との差別化に成功した。(なお、「なるほど家電」の特設サイト※1では、開発者のバリューイノベーション実現に向けた熱意と、顧客からの共感の数々を伺い知ることができる。)
アイリスオーヤマが実現するバリューイノベーション
顧客が真に必要な機能を選択し、価格を低減すると同時に、選択した機能の昇華に集中することで、顧客にとっての価値を高めている。
「なるほど家電」の実現にあたっては、開発を支える体制面でも多くの創意工夫を見ることができる。問屋機能を自社で持つことによる配送コストの削減や、経験豊かで意欲の高いベテラン社員を積極的に中途採用することで生活者目線を重視した開発体制を構築している。また、週次で経営陣のタイムリーな助言・承認を得ながら製品化を進めるスピード感も、戦略を推進する重要な要素となっている。
ちなみにコロナ禍の対応においては、マスクの生産にいち早く乗り出した他、サーモカメラ、デスクスクリーンといった商品もスピード感をもって開発を進めている。これは、もともと工場の稼働をあえて8割ほどに留め、緊急の需要に応えられる余力を保つことで、市場の動きにすぐ対応できるスピード感と柔軟性を確立していることが大きな要因の一つである。

では、製品開発におけるバリューイノベーション実現にむけて、具体的にどのような検討を重ねているのであろうか。例えば、2019年10月に発売されたドラム式洗濯機を例にとり、考察する。

顧客が本当に必要な機能を問う ~乾燥機能を排除したドラム式洗濯機はなぜ生まれたか~

同社が、2019年10月に発売したドラム式洗濯機は、それまでのドラム式洗濯機の常識を覆した。なんと、乾燥機能が無いのだ。一般的にドラム式洗濯機は乾燥機能が充実していることがメリットの一つであるが、その常識に囚われる事なく、顧客が本当に必要な機能に絞って製品を安価に提供するために、あえて乾燥機能を排除したドラム式洗濯機を開発したのだ。(実際のところ、乾燥機能の利用率が高くないことを、マーケティング担当者が掴んでいたことも、製品化を後押しした)

同社が本当に必要な機能として導き出したのは、「部屋干し独特のニオイを抑制する機能」であった。昨今のゲリラ豪雨、PM2.5、黄砂といった気象要因や、共働き世帯の増加による洗濯の実施時間の変化などの影響で、部屋干し需要は年々高まっている。しかし部屋干しは日光による殺菌効果が得られにくいといった原因で、独特のニオイが残ってしまう課題を抱えていた。
洗剤メーカー各社が、こぞって「部屋干し対応」の洗剤や柔軟剤に力を入れていることも鑑み、十分な市場があると考えた同社は、浴槽の水の除菌や加湿器のニオイの元になる菌の除菌に、銀イオンを活用した経験を活かすことにした。検討の結果、銀イオンによる消臭と洗浄力の高まる温水を活用し、部屋干しにこだわった洗濯機の開発を決定した。ただ、縦型洗濯機では銀イオンの使用量や温水の利用量が増えてしまい、洗濯コストが上がってしまう。そのため、結果的にドラム式洗濯機を選択することになったのである。

国内大手メーカーのドラム式洗濯機と製品の比較をすると、その違いは明らかだ(下図参照)
アイリスオーヤマのドラム式洗濯機開発における戦略キャンバス
顧客が本当に必要としている製品を安価に提供するために、コスト削減を徹底している。製品毎のラインナップや機能数の絞り込み・排除による開発コストの削減、広告費用の削減、前述の問屋機能を自社で持つことによる配送コストの削減といった取り組みを行っているのだ。

顧客課題を解決する納得感のあるストーリーを描こう

上述のドラム式洗濯機を検討した流れを、冒頭に記載した顧客中心のストーリーに当てはめると、以下のようになる。

・    顧客は誰か
ターゲット顧客と想定するのは、子供のいる若い共働きの夫婦

・    顧客の真の困りごとは何か
夫の花粉症対策と、PM2.5や黄砂が子供に与える影響を考慮し、洗濯物は部屋干しがメインとなるが、部屋干し独特のニオイが気になるため、本当は外に洗濯物を干したいと頭を悩ませている。

・    困りごとを解決するのは何か
部屋干し独特のニオイの原因は、汚れ残りであることをつきとめ、汚れを取り去る洗浄力に優れた洗濯機が必要であると考察。検討を重ねた結果、ニオイ対策に効果のある銀イオンと温水を活用し、洗浄力を向上させた新しい洗濯機を発案。コストを下げるために、利用率の低い乾燥機能の排除と、水量と銀イオンの利用量を抑えられるドラム型の採用を決める。


このように整理すると、顧客の課題を解決する納得感のあるストーリーになっていることが、お分かりいただけるのではないだろうか。冒頭で触れた通り、「新しい技術の利用」や、「技術ありきの新サービス開発」が目的化してしまった場合、ともすれば作り手に都合のいいサービスを検討してしまい、結果として顧客に受け入れられないという末路を迎える可能性がある。
成功を収めた製品が生まれた背景には、「顧客の悩みをなんとか解決したい」という思いがこもったストーリーが存在するのだ。「DXをキーワードにした新規事業」の検討が停滞してしまった際には、ここに立ち返る事をお勧めしたい。
脚注:
※1アイリスオーヤマ株式会社企業サイト「なるほど家電」はアイリスオーヤマ

シニアコンサルタント 清水 翼

大手通信会社を経て現職。
IT、通信、運輸業界を中心にDX戦略立案や、新規事業企画支援、業務改革支援、プロジェクト管理に従事。IT卸売業における営業経験を活かした、購買コスト削減やベンダー協業推進の知見も有する。

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