デジタルトーク

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2019.11.19

食品 食の技術革新にまつわる理想と現実

目に見える変化になってきた食の技術革新

三大欲求の一つである”食欲”は言わずもがな、生活者を理解するための重要な要素である。”食”に対するニーズがなくなることはなく、時代と共により品質がよい(=美味しい)ものを、より手軽に手に入れたいと、欲求は膨らむばかりだ。

そんな中、働く女性の増加による共働き傾向、高齢者を中心とした単身世帯の増加、といった時代背景の変化に伴い、中食(家の中での食事)に関するニーズが高まってきている。消費増税で中食に軽減税率が適用されることも、この傾向を少なからず加速させていると考えられる。デパ地下やスーパー、弁当屋はもちろん、コンビニでもお弁当に加えてプライベートブランドで構成された総菜の種類を多く取り揃えるようになり、さらに多種多様かつ高品質の冷凍食品も簡単に手に入るようになってきている。更にUber Eatsのような配達代行サービスが都市部を中心に拡大を見せており、中食産業の発展の一躍を担っている。
図表:外食、中食、内食の割合変化
こういった背景の中で、食の技術革新として注目されるキーワードが「フードテック」である。2017年からSKS(smart kitchen summit)が日本でも開催されるようになり、専門店クオリティのローストビーフが家で簡単に作れる低温調理器ANOVAや、立体的なクッキーが作れる3Dフードプリンターといった次世代調理器具への関心が日本でも高まってきた。

当然のことながらこれらの技術革新はB2Bにおいても同様であり、中国では料理の注文~会計~調理~配膳~サービスをロボットにより自動化したスマートレストランが注目を集めている。日本でも、自動で土の環境を整えるAI潅水施肥システムのゼロアグリといった生産者に向けたサービスから、青果市場で廃棄されそうな果物を冷凍しオフィスに届ける福利厚生サービスheno heno、更に長崎のハウステンボスでは「変な〇〇」というロボットが働くカフェやレストランがオープンするなど、身近な事例が出始めてきている。

デジタル化が進まない食品製造現場

翻って、インダストリー改革が叫ばれ、他業界ではラインオペレーターが1ラインに1人いれば動かせる“ほぼ無人“工場や、自動倉庫などが実現し始めてきている。ところがそんなデジタル時代の現在でも、食品製造業では驚くほど現場のデジタル化が進んでいない。

日本の消費者は食の品質や安全に厳しく、同じ商品の中で味や形に少しでも差があればすぐにクレームに繋がってしまう。また、嗜好トレンドの変化が激しいものの、類似品が作りやすく、ヒット商品もすぐに真似されてしまうといった特性もある。これらを解決するような新しい商品を次々に開発し、どんな商品でも全て均一に製造できるような万能ロボットはまだ存在しない。

もちろんテクノロジーの発展により、“優しい力”で持ち上げる必要のあるイチゴをケーキの上にデコレーションするような繊細な処理ができる高性能トッピングロボットなども出始めている。

しかし少量多品種が求められる食産業において、イチゴのショートケーキだけを作り続けるわけにはいかず、イチゴのようなある程度の固さと大きさがある果物は持ち上げられても、桃のスライスのような柔らかく薄い果物のデコレーションができないようであれば、導入は難しい。

更にケーキのデコレーションは果物を載せるだけではなく、クリームを絞る・チョコレートをまぶすなど様々な工程があり、クリームの絞り方にも多種多様なパターンがある。高性能のロボットであっても、一部の商品かつ一部の製造工程しかまかなうことができなければ、採算を合わせられない。

AIには代替できない高性能な”人の手”

人間は頭で考えたことを、すぐに自身の身体を使って行動に移すことができる。ロボットは膨大な教師データをAIにインプットし、さらにAIが出した答えを実現するためのロボットアームを、対象物によって形や大きさを選んで取り付ける必要があり、人間の臨機応変かつ適切な対応を実現するのはとても難しい。

工場×AIのイベントでも、画像認識による検品自動化といったアイデアが多く見られるが、実際の人手でハンバーグの検品を行っているラインでは、「流れてきた商品を目で見て、手で裏返し、その場で直せる範囲であれば焦げを取る・形を整えるなどの処置を加えてラインに戻す」といった一連の流れを人間が実現させている。画像認識でNG判定が出せたとしても、そのNGの商品だけをラインからはじく仕組みを作る必要があり、ラインの整理や広いスペースの確保、はじく装置の導入などAI導入以外に多くの対応が追加で必要となってしまう。

スマートファクトリーを目指す前にデジタルパッチを

海外人材の流入もあり、そんな多岐にわたる作業を全て1人で対応できる人間にかかる費用は低下してきている。安くて高機能な”人の手”を代替できるロボットを導入するのは技術的にもコスト的にも難しい。

ただし、自動化工場を一から建設する場合はその限りではなく、実際に食品工場でも原材料の移動や検品工程を自動化し必要人員を削減した“スマートファクトリー“の建設事例が出てきているのも、また事実である。

また、地方では工場で働く人材の不足という問題も顕在化し始めてきている。その上で、変革の過渡期にある既存の食品工場が目指すべきなのは、完全自動化工場で工場に必要な人数を減らすことではなく、工場で働く人間を助けるような、デジタルパッチ*的な導入ではないだろうか。

*弊社が提唱している、既存CXの一部をデジタル化することでデジタルインテグレーションやデジタルトランスフォーメーションの始めの一歩としようという取り組みのこと
https://digital.baycurrent.co.jp/article/archives/28


ある工場では、ラインマネージャーがライン上で点検した項目たちを紙に記録。その紙を事務所に運びPCに打ち込む作業をしていた。工場内ではもちろん衛生管理のため専用の服やマスク・帽子を着用し、入場前には手の消毒、髪の毛やほこりがついていないかの入念なチェックが必要である。また工場敷地内の建物の構成上、ラインと事務所は徒歩5分以上離れた場所にあり、この一見単純な作業に1日の作業の多くを費やしていることが分かった。

この解消方法としては、例えば工場内へのPCやタブレット、音声入力装置の導入も考えられるが、衛生面や費用対効果等の問題からすぐに導入するのは難しい。ではどうすれば良いのか?

実際の工場で導入されたのは、1台の監視カメラだった。今まで通りに記録した紙を、カメラの下に置き、事務所からその紙の内容をチェックするという方法である。アナログのように見えて、最も安価で簡単、かつ効率的な、まさにデジタルパッチである。このカメラの映像を画像認識し入力を自動化することや、記録の段階からのデジタル化は今後追々していけばよい。

食べたいものを言えばレシピを教えてくれるスマートスピーカーは出てきたが、そのレシピで料理を作ってくれるロボットが実現する未来はまだ遠い。しかし、消費者の生活はどんどん便利になってきて、食産業に対する期待値も上がる一方だ。並行して果物を掴めるロボットアームや、画像認識の精度向上など、これらを支える技術の発展も見えてきており、人手作業を代替させる取り組みは進んでいく。

しかし、ただ人を真似るだけでは面白みに欠け、かつ技術の進化を待つ必要があり、完全自動化までに時間がかかってしまう。既存の工場ですぐに使える技術をうまく利用し、働く人の負担を下げつつ、並行して、人ではできない新たな価値を届けられるような取り組みもしていくことが重要だ。

マネージャー 関口 夏葉

金融・製造などの幅広い業界を対象に、デジタルを活用したIT戦略立案や、
業務改革、システム導入/刷新等のプロジェクトに従事。