デジタルトーク

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2019.08.16

メディア デジタル時代の競争原理

私は、週末料理をするときに、スマホの「kurashiru」という動画レシピサービスを利用する。以前はテレビの料理番組を録画して見ていたが、そこでは冒頭、司会者が時候の挨拶をするところから始まる。「最近暑くなってきましたね。いかがお過ごしでしょうか」というように。

スマホの世界は、そんなに悠長ではない。

例えば「ひよこ豆カレー」とタイトルが出る時間もわずか3秒であり、その後は小気味よく早回しで作り方がの様子が映し出されていく。一般的なテレビの料理番組の放映時間は7分。それに対してネットは1分。インターバルを極限まで切り詰め、作り方を伝えることだけに特化したレシピ動画の情報密度は、テレビに比べ圧倒的に濃い。

消費者にとって受動的なメディアであるテレビと違い、ネットは能動的である。

「ひよこ豆カレー」を作りたいと、検索をして、レシピ動画にたどり着いた者に、テレビのような司会者の時候の挨拶は要らない。

消費者は、より本質だけを求めるようになっている。「より本質的なものを、密度を上げて消費者に届ける」考え方は、ネットからリアルのサービスへとワールドへ染み出し始めている。

消費者は、密度の濃さに慣れることができるし、むしろ「更に、更に」と追い求めていく。

目的密度の最大化

以上のように「目的に対して付随的なものを省略し、単位時間あたりの目的合理性を最大化する」方向性は、昨今のデジタルサービスの一つの流れと言えるだろう。これをここでは、「目的密度を高める」と呼びたい。

いくつか具体的に紹介しよう。

JPN Taxiの「タクシーの支払い予約」サービス

都内のタクシーに乗ると、かなりの割合で、助手席のヘッドレストの裏側にモニタが付いていることに気づくだろう。

JPN Taxiが展開するサービスでは、QRコードをモニタに表示させ、スマホアプリで読み取ることにより、支払いをあらかじめ予約できる。

初めて目にしたときには、その価値を理解できなかった。「支払料金が確定していないのに、支払いを予約するなんて、なんかコワい…」それが、今や乗るたびに必ず使っている。

タクシーに乗るのは、目的地へ移動して何かをしたいからだ。タクシーに乗ること自体は目的ではない。到着してからそそくさと財布から小銭を取り出すよりも、乗っている間に支払いを済ませておいたほうが、目的をより速く実現できるわけだ。つまり、目的密度が高い。

メルセデス・ベンツの「プレオーダー」サービス

車を新しく購入する場合には、販売店へ出向き、カタログを広げながら営業担当の話を聞き、見積を取り、試乗をして…と、実際に購入するまでには長い長いカスタマージャーニーが存在する。

一生に何度もない買い物だから、慎重に検討するのは当たり前。確かにそうだが、ここでの論点は、検討の質を下げずに、新車を購入するという目的を手早く実現する方法はないか、ということである。

メルセデス・ベンツのプレオーダーサービスは、見積をスマホで取るサービスだ。販売店で見積をとる場合、待ち時間が発生する。販売店側にとっては、見積業務は車を販売する上で必須だが、消費者にとって、その待ち時間は目的に対して付随的なものに過ぎない。販売店へ出向く前の、任意の時間に見積をできるようにしておけば、見積作業が、新車購入までのクリティカルパスから外れ、目的密度が高くなる。

可処分所得から可処分時間の奪い合いへ

タクシーの例で、省略している時間は20秒程度、プレオーダーの例でも、せいぜい10分-15分程度だろう。たかだが、そのくらいの時間も待てないのか、と思われるかもしれない、しかし、実際待てないのだ。

スマホの普及に伴い、人間が1日で処理しきれないほどの情報が溢れるようになった。コンテンツプロバイダーは、消費者のスキマ時間に入り込もうと工夫を凝らした。スキマ時間も色々なコンテンツであふれかえるようになると、いよいよ単位時間あたりの情報量を増やすことで、付加価値を上げにかかっている。

つまり、企業が奪い合っているのは、消費者の可処分時間である。

時間が足りない。時間が制約になっている。消費者は、時間に対してセンシティブだ。たとえ、20秒の節約であっても、目的密度の高いサービスへ吸い寄せられていくのは、自然な流れだろう。

新しい事業・商品開発に際して、カスタマージャーニーを描くことも多いだろう。そこに目的密度・可処分時間の考え方を取り入れることが一つの重要なアプローチになってくる。

消費者の立場に立ち、目的に対して無駄にしている時間がないか、その無駄をデジタルの力で短くできないか、といった観点で見直してみると新しい発見ができるのではないだろうか。

パートナー 鈴木 邦太郎

アクセンチュア株式会社を経て現職。
通信・メディア・ハイテク、保険を中心に、新規事業立ち上げ、IT戦略立案、業務改革、社風醸成など多数のプロジェクトに従事。
共著書に「デジタルトランスフォーメーション」。