デジタルトーク

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2019.08.05

共通 メルカリに学ぶ(前編)

1.新規デジタルビジネスの正しい進め方

デジタルビジネスの立上げ方に対する大きな誤解
多くの企業が、新たなデジタルビジネスを創出しようと躍起になっている。そしてほとんどは、データを収集してプラットフォームビジネスに仕立てることが、デジタルビジネスの成功の鍵だと信じている。

しかし、データがないとデジタルビジネスで勝負できないという考え方は、正しいとは言えない。大量のデータを分析・活用することに勝機を求めてビジネスを始めてしまうと、利益が出るのは一体いつになるであろうか。データが溜まるまでの間は赤字を垂れ流すことになるが、その覚悟は出来ているのかという疑問を抱く。

デジタルに限らず、企業活動としてのチャレンジにおいてROI(費用対効果)が厳しく求められる。しかしROIに囚われ過ぎると、多くの成功の芽が摘み取られてしまうのではないだろうか。多くの日本企業では、少なくとも3年以内の黒字化を求められることが多く、その先5年後ともなると事業の柱になるくらいの売上額を計画して報告せざるを得ない。

しかし合言葉のように「データプラットフォームを作る」と言っているだけでは、デジタルビジネスの成功は難しい。おそらく皮算用で売上計画を立てている会社の報告資料には、根拠の無い数字が踊っていることであろう。

デジタルビジネスはまず、カスタマーエクスペリエンス(CX)で顧客を集める
では、どうすれば新規のデジタルビジネスで早期収益化が見込めるのであろうか?

答えは単純で、データが溜まっていない状態でも、顧客を集められるようになれば良いということだ。そのためには、顧客に刺さるようにサービスの質を上げていくことになる。類似サービスを圧倒的に上回る顧客の体験価値、つまりカスタマーエクスペリエンス(CX)を提供せねばならない。

なお、類似サービスを凌駕するとなると、画期的なアイデアでビジネスモデルを創出することが必要と思いがちだが、それは大きな誤解である。仮に世界中で誰も考えたことのない、驚くようなサービスを思いつく人がいれば、今すぐ大企業を飛び出して自ら起業した方が良い。世界中の企業が新たなビジネスモデルを創出することに躍起になっている中で、世界初の画期的なアイデアを思いつける確率は極めて低いと考えるべきだ。

つまり必要なのは、これまでの類似サービスを少しずつ改良していく考え方である。

これまで変革を起こしてきたサービスのほとんどは、既存サービスを改良したものであった。ビジネスモデルのちょっとした変化が、CXの大きな変化につながったこともある。ビジネスモデルを改良するためのPDCAサイクルを回し、CX向上を積み重ねていくのだ。

実際に、データがない状態から目的起点でデジタルビジネスを立ち上げ、発展させている企業は多数ある。それらの企業に共通するのは、デジタルを活用することでCXを研ぎ澄ますということだ。そのためには2つの視点での「改良」が必要となる。
  • サービスが提供する価値をデジタルで研ぎ澄ます
  • 顧客とのタッチポイントをデジタルで研ぎ澄ます

以降では、それぞれの「改良」について詳しく記載していく。

①    サービスが提供する価値をデジタルで研ぎ澄ます
デジタルを使うことで既存のサービスの提供方法を変えてみると、顧客にとっての価値は向上していく。例えばWebサービスをスマホアプリで提供するように変えれば、顧客はいつでも手軽にアプリを立ち上げ、サービスと繋がることができるようになる。

デジタル化することによって蓄積できたデータを分析・活用することも、新たな提供価値につながる。AmazonNetflixのようなネットサービスの大手は、顧客の履歴データを分析することで様々なレコメンド機能に活かしている。これからは一人ひとりの行動履歴や趣味趣向に合わせて、リアルタイムにサービスを提供できるようになっていく。

同様のことは、リアルの店舗でも行えるようになるだろう。これまでもリアルの店舗では、馴染みの常連客に対してレコメンドや密なコミュニケーションは行えてきた。しかし今後は、店員が顔を覚えなくても、デジタル技術によって顧客の履歴データを活用し、その顧客に合わせたコミュニケーションが可能となっていく。将来の顧客は、二度目の訪問にもかかわらず店に覚えられていなければ、その店から姿を消してしまうかもしれない。それくらいデジタル化によって集めたデータをサービスに活用することは必然となっていく。

②    顧客とのタッチポイントをデジタルで研ぎ澄ます
顧客とのあらゆるタッチポイントをインターネットにつなげることで、様々な付加価値を提供できるようになる。逆にタッチポイントのいずれかで顧客が不満を持つと、離脱される恐れがある。大企業によっては縦割りの組織風土であるが故に、事業部によってデジタルの成熟度に差があることも多い。デジタルマーケティングに強い事業部は満足度の高いCXを提供できているとしても、別のタッチポイントを担う部署がCXを疎かにしていると、そこに不満を持った顧客はサービス全体を悪く見てしまう。

顧客の視点で見てみると、あらゆるタッチポイントがあったとしても、サービスに対する評価は一つしかない。バリューチェーン全てを体験したうえで、どこかの最低点が評価となる。だからこそサービス全体で包含的にCXを高めていくことが重要なのだ。

デジタルで研ぎ澄ませた結果、蓄積されていくデータがビジネスにレバレッジを効かせる
これからのデジタルビジネスは、顧客のニーズに応え続ける活動を中心に進める事になる。そのためには、高頻度で顧客からのフィードバックを受けることが重要だ。出来れば毎日でもフィードバックを受けたい。その方が改善につながるPDCAサイクルを早く回せるようになるからだ。

一貫性のあるデジタルサービスを提供し、いずれデータが蓄積されていくと、以前なら決してわからなかった事実が判明することもある。その時、データがレバレッジを効かせる新たな価値を提供できるようになる。

例えば、これまでモノ売りを行ってきたメーカーであれば、顧客がモノを買った目的・理由を知ることで、付加価値の提供につなげられる。運動靴を買った人の目的が、ダイエットなのか、マラソンに出場するためか、はたまた子供へのプレゼントなのかで、追加すべき機能は変わる。新たな付加価値を提供し、自社サービスのファンになってもらう。このような考えでタッチポイントを研ぎ澄ませていくのだ。

重要なのは、データの無い状態からデジタルによる「改良」を模索し、いずれデータが蓄積されていくと更なる付加価値をもたらすようになるという考え方だ。顧客からのフィードバックに対応するPDCAサイクルを回す中でデータが蓄積されていき、デジタルビジネスが目指す提供価値の実現に向けて、道が開けてくるという流れだ。

そのためには、データがビジネスの目的実現に向けてどうレバレッジを効かせていくのかを見越し、予めデータを収集するパスを埋め込んでおくことも重要だ。「データ」を強くするために、「打ち手」をどうしていくかを考えていくことになる。

次項ではこの考え方の妥当性を確認すべく、急成長したメルカリを題材に、デジタルビジネスがどのように成長していったかを見ていく。

2.メルカリの成長ストーリー

ユニコーン企業となったメルカリの凄い点とは?
メルカリは、C2C(消費者対消費者)マーケットプレイス市場において、フリマアプリを提供し、日本初のユニコーン企業(設立10年未満で未上場ながら評価額が10億ドルを超える企業)にまで急成長を遂げた(現在は上場済み)。2013年創業から4期目にして黒字化を達成している。

かつてフリマアプリは20社以上のサービスが乱立していたものの、撤退や買収により、サービスの淘汰が進んでいる。そのような状況の中で、メルカリはフリマアプリのリーディングサービスとして圧倒的地位を築いている。

しかし、よく話題に上がるのが「ヤフオク!と何が違うのか?」という疑問である。C2Cマーケットプレイス市場全体では、ヤフオク!が流通総額シェア首位を占めている。要らない物を売れる、中古品でも良い物を買える、という点では同じように思えるが、メルカリはその提供方法が異なるのだ。

オークション型を提供するヤフオク!では、入札されると価格が上乗せされていく。値上がりしていくような価値ある商品を出品しなければならないという義務感に駆られ、出品を見送るようなケースもあるだろう。一方、フリーマーケット型を提供するメルカリでは、売り手が設定した価格から値下げ交渉で価格が下がっていく。そのため自分にとっては不要でも、誰かの役に立つかもしれないと、気軽に出品できてしまう。

また、スマホが普及する前からサービスを提供していたヤフオク!は、ユーザーインターフェース(UI)が主にパソコンベースとなっている。メルカリは20代女性を主なターゲットとして絞り込み、スマホアプリを前提としたUIを徹底的に便利にしている。

更に、ヤフオク!は売買成立後、相手の住所・氏名・連絡先・振込先等を聞く必要があるが、メルカリはアプリ内で自動的に処理が進むため、相手の情報を聞き出す必要がない

一つひとつの機能を見比べると、あまり差がないように思えるのだが、トータルで見るとメルカリとヤフオク!ではサービスの提供価値が全然違うのだ。この変化に気付かなければ、DXを実現するために重要となるカスタマーエクスペリエンスを研ぎ澄ます活動は、ままならないであろう。
※エスクロー方式:エスクローエージェントと呼ばれる第三者が、買い手から代金を預かり、不備なく商品の受取やサービスの受領を確認できた時点で、エスクローエージェントから売り手に代金を引き渡す決済サービス
今では、C2Cマーケットプレイスの新たな文化を作り上げたと言っても良い。「いらないものは何でも売れるメルカリ」であり、「欲しいものは何でも見つかるメルカリ」でもある。それほど大量に顧客と商品のデータを集め、データプラットフォームを武器にサービスを提供している。

これからのデジタルの世界では、ビッグデータを活用できるかどうかが勝敗を左右するため、データプラットフォームを活用するメルカリのビジネスは、盤石とも言える。しかし、サービス開始当初のメルカリはプラットフォーマーとは言えず、顧客数もデータも少ないサービスであった。そのような状況の中で、従来のC2Cマーケットプレイスに工夫を加え、顧客に価値を感じてもらうことを追求してきた。

十分なデータが揃う前から大きな成功を収めることが出来たのは何故か?その要因を紐解くため、メルカリのサービスを、「サービス開始時」と「プラットフォーマーとなった現在」に分け、リーンキャンバスを使ってビジネスモデルを整理してみた。すると、データの揃っていない「サービス開始時」に、メルカリがどのような価値を提供していたかが見えてきた。(後編に続く)

パートナー 八木 典裕

大手IT企業を経て現職。デジタル・イノベーション・ラボ所属。
金融・製造・通信を中心に、IT戦略立案、ITコスト最適化、全社システム刷新など多数のプロジェクトに従事。
直近ではデジタルを活用した新規ビジネス創造などに携わっており、社内ブロックチェーン研究会やAI研究会の リーダーとして事例調査や技術研究を推進中。
共著書に「デジタルトランスフォーメーション」、「デジタル化を勝ち抜く新たなIT組織のつくり方」など。