デジタルトーク

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2019.04.03

小売 キャッシュレスは消費者を幸福にするか

2019年に入って、スマホ決済サービスの覇権争いがますます熱を帯びてきている。ここにきて、メルカリの決済サービス「メルペイ」の全容も明らかになった。さらにauも2019年4月に「au PAY」を開始予定と発表している。

2016年に新興決済サービサーとしてOrigamiがQRコード決済を開始したのを皮切りに、通信キャリア(ドコモ:d払い、ソフトバンク:PayPay、au:auPAY)や、大手ITサービサー(楽天:楽天Pay、LINE:LINEPay、Yahoo:PayPay、メルカリ:メルペイ)も相次いで決済サービスに参入してきた。
上記図は極端な比較だが、国内の総所得世代の大半は、通信キャリアやITサービサーのいずれかまたは複数のサービスを利用しているといえる。そのため、こうした企業が提供する決済サービスの潜在的なニーズは高いといえる。

一方、既存の金融機関も黙ってはいない。みずほ銀行が「J-Coin Pay」を発表し、地銀や信託銀行60行との提携によるオープンプラットフォーム戦略を打ち出した。また、3メガバンク共通で「Bank Pay」を2019年中に提供するという発表もあった。

各社がこうした決済サービスに参入する動機は何か。最も大きな理由は “顧客の囲い込み” である。

これまでのマーケティングは年齢や性別、地域などでセグメンテーションされた対象に一斉に広告配信したり、テレビCMを放送するといった手法が主だったが、AI技術の活用により、大量の決済データを分析することが可能となった。これにより、個人の消費行動によって、その個人にとって最適化されたマーケティング手法が実現しつつある。

特に上述した通信キャリアや大手サービサーは、利用者を特定するユーザーIDを保有し、既存の自社サービスの利用履歴と、決済サービスにより取得した消費行動データを掛け合わせて分析することで、より個人の趣味・嗜好や行動パターンに適した商品やサービスの提案が可能となっている。Eコマース事業者においては、今までは取得できなかった実店舗(オフライン)での決済情報を取得することで、顧客の消費行動をより詳細に把握可能になる。これによって、自社サービスへの囲い込み、他社へのマーケティングデータの提供や広告サービスといったビジネスモデルの拡張が可能となる。

以上のように、事業者にとってメリットのあるキャッシュレス決済だが、ではそれを推進する日本政府の思惑は何なのであろうか。今回は、消費者、加盟店から見たキャッシュレス化社会実現における影響を整理したうえで、日本政府の思惑について探っていきたい。
まずは消費者の目線で、キャッシュレス化によってどのような変化(メリット)があるのかを見てみよう。
  • お財布を持ち歩かなくてよくなる
    最近はスマホだけを持って昼食や買い物に行く人も増えてきている
     
  • 銀行のATMでお金をおろす必要もない
    大金を持ち運ぶ必要がない
     
  • お店での会計が早い、楽
    席で注文&決済を行い、会計をせずにそのまま帰れるお店も出てきている
ただし、多くの消費者はいまだに心理的な要因によって、キャッシュレス決済によるメリットを享受できていない。現金派の多くは、“実際にいくら使っているか把握しづらく使いすぎてしまうことが怖い“といった理由や、”少額だと何となくお店の人に嫌がられる”といった理由で現金決済を続けている。キャッシュレス化社会の実現に向けて、消費者の心理的要因による壁を乗り越えなくてはならない。

なお、キャッシュレス派であってもカードやスマホ決済が使えないお店が存在するため、一部現金を持ち歩いている方も多く存在するのが現状であろう。

では、次にその店舗側の目線でキャッシュレス化の流れをどのようにとらえているのか見てみよう。

政府はキャッシュレス化によって『店舗で現金を取り扱わないことで、会計やレジ締めといった従業員の業務を省略でき、その分、本来の接客サービスの品質向上を高められる。』効果があると謳っている。

確かに完全キャッシュレス化した店舗であれば、その効果は高そうだ。実際に、ロイヤルホールディングスが運営する “GATHERING TABLE PANTRY(ギャザリング・テーブル・パントリー)” や、“大江戸てんや”、プロントコーポレーションが運営する “プロント” では完全キャッシュレス店舗を導入し始めており、利用者はセルフレジで会計(現金NG)をすることで従業員が会計対応とレジ締め作業がなくなり、コスト削減効果が出始めている。

以下に参考となる事例を挙げる。
ギャザリング・テーブル・パントリーは、ホームページや店頭で大きくキャッシュレス(現金取り扱いNG)の旨を表示している。
大江戸てんやは、入店後、タブレットで注文(現金決済はできない)し、注文商品の受取り・片づけまで全てセルフ提供することで、業務軽減を図った。
プロントは、二重橋スクエア店を皮切りに2020年までに30店舗でのキャッシュレス店舗の展開を計画。
大手飲食店にとっては、上記のようなキャッシュレス店舗を徐々に増やしていくことで享受できるメリットが大きい。一方、中小の飲食店や個店にとっては、完全キャッシュレス化どころか、決済端末の導入でさえ、導入費用や決済手数料といったコスト面を懸念し、躊躇しているのが現実である。また、中途半端にキャッシュレス化することで、現金決済とキャッシュレス決済が混在し、会計業務は残り続けるうえ、新たなオペレーションを覚えなくてはならないため、かえって現場が混乱する可能性すらある。こうしたコスト面・業務面における要因が店舗のキャッシュレス化実現の壁となっている。

それでは、政府はキャッシュレス化社会の実現に向けて何をしようとしているのか。経産省がキャッシュレス推進協議会を発足し、QRコード決済の規格統一や標準化、災害時におけるキャッシュレス決済の在り方などの検討を進めている。また、既に新聞やニュース等で目にしている方が多いと思うが、2019年10月の消費増税に伴う、キャッシュレス決済時におけるポイント還元事業(経産省「キャッシュレス・消費者還元事業」)において、キャッシュレス化を急拡大する狙いである。

この事業がキャッシュレス化社会の実現に寄与するポイントは大きく2つある。

一つは “消費者へポイント還元すること”、消費者のキャッシュレス決済に対する心理的な壁を破壊するために、まずは『キャッシュレス決済=お得』と認知して実際に利用してもらう。利用を続けていくと『キャッシュレス決済=便利』へと変わる。インターネットや、スマートフォンが普及したように、利用者は一度『便利』だと認識すると現金決済には戻れなくなる。

二つ目は、“店舗への決済端末導入を支援すること” 。決済端末導入費用と決済手数料の一部を補助することで、店舗側のコスト面におけるハードルを下げる狙いだ。これによってキャッシュレス決済できるお店が増えれば、消費者にとっての利便性がさらに高まる。

さらに、2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック、2025年の大阪万博といった大規模なイベントが続くことにより、国内利用者だけでなく、訪日観光客の消費においてもキャッシュレス決済の利用環境を整えることで更なる消費喚起が狙いだ。
では、キャッシュレス化決済が普及した社会では、その先に何が起こるのか。政府が描くシナリオはこうだ。

キャッシュレス決済によって、決済データが事業者やお店に蓄積する
 ↓
決済サービス事業者がプラットフォーマーとなり、業態を超えたデータ連携やデータ利活用により、購買体験の進化や新たな消費喚起を実現する
 ↓
「利便性の高いサービスの享受による消費者の幸福」と「事業の活性化による事業者の発展」につながり、最終的には「国内経済の発展に寄与する」


現在、政府が掲げる “データ利活用による新たな社会(Society 5.0)“の実現においても基本的に同じ考え方である。
実際に政府のシナリオ通りに、キャッシュレス決済事業者は、“自社経済圏への顧客の囲い込み”、または “データプラットフォーマーとしての存在の確立” を目指して、様々な還元キャンペーンなどを展開し、自社決済サービスの利用を促す。この流れは今後ますます加速し、新たに参画するプレーヤーも現れるであろう。流通・小売系では、全国規模の7PayやFamiPayだけでなく、各地に地盤を持つ小売店も独自決済サービスを展開し始めると推測する(これまでのポイントカードがスマホ決済アプリに置き換わっていくと言えばイメージしやすいだろう)。また既存の決済サービス事業者や金融機関もこの流れに加わってくる。

こうした流れは決済サービスの在り方を変えつつある。これまで決済サービスは、決済手数料で儲けるビジネスモデルであったが、これからの決済サービスは “手数料収入を得る” より、“個人の決済データ(行動履歴)をいかに取得して新たな消費喚起を生み出すか” にシフトしている。
果たして、5~10年後にキャッシュレス決済比率80%が実現した社会において、私たちはデータ利活用による利便性を享受し幸福な生活を送ることができているだろうか。それとも、情報や行動履歴を特定のプラットフォーマーに管理・監視され、消費行動をコントロールされてしまっていないだろうか。データ収集されることを恐れて、現金決済に留まる必要はないが、『お得さ』だけに踊らされず、消費者自身がサービスの本質を見極め、サービスを上手に活用していくことが必要である。そうして選ばれたサービスこそ、消費者を幸福にし、事業者および国内経済の発展を実現するのではないだろうか。

パートナー 和田 安有夢

大手コンサルティングファームを経て現職。
金融・官公庁・自治体を中心に、IT戦略立案、業務改善、サイバーセキュリティ態勢強化など多数のプロジェクトに従事。
直近ではモバイルペイメントサービスなど、デジタル×金融をテーマとした新規サービス検討や立ち上げにも複数関与。
社内にてプロジェクトマネジメントに関する研修を多数実施。