デジタルトーク

2019.02.21

食品 Uber Eatsが見せる現代の奴隷制度

昨年の最後に得られた、興味深いインサイト

暮れも迫った大晦日を友人宅で過ごしていると、友人のスマホにPush通知が入り、彼はそそくさと出かける準備を始めた。待ち合わせでもできたかと聞いてみると、仕事だという。Uber Eatsに登録しており、年末のこの時間は稼ぎ時だと言うのだ。私は興味を持ち、同行することにした。

Uber Eatsとは、デジタル企業の代名詞とも言えるUberが飲食業界において開始したサービスであり、日本では2016年9月から事業を展開している。その内容をひと言でいえば、「デリバリーを扱う飲食店の、配達機能だけをアウトソースできるようにしたもの」だ。

そしてこのUber Eatsが成し遂げていることが、壮大な社会実験であることに私は気がつき、大きな衝撃を受けた。こんなにも身近なところで、世界は変わろうとしていたのだ。

私が得たインサイトは、大きく三つある。
  • 労働の本質への問いかけ
  • カジュアルな受け入れられかたをする「シェアリングエコノミー」の本質
  • Uberの挑戦意欲と、それに対応できない日本の飲食店
     
     

徹底的に合理化されたCXを担うことで自覚する労働の本質

最初の衝撃は、彼が「この仕事には本当の奴隷感が詰まっている」と発したことに起因する。彼らは、アプリのPush通知を受けると、自分の近くの店であればその場で商品の「受け取り」を確約し、店舗に向かう。そして店舗で受け取りを行い、またアプリを見て届け先を確認し、移動する。発注したエンドユーザーへの受け渡しが完了した時点で、彼の口座には報酬が加算される。ちなみに、報酬は受け取り一件あたり数百円(建てつけ上は店舗が支払う)、受け渡し一件あたり数百円(同様に、エンドユーザーが支払う)、そして移動距離に応じた従量料金が若干加算され、配達一回あたりの収入は500-600円程度とのことだ。
Uber Eats のドライバー向けUIのイメージ
曰く「相手が機械だとわかっているから続けやすい」と言う。確かに、言われた通りの場所に向かい、商品を言われた場所に迅速に(遅ければ評価が下がる)姿は、誤解を恐れずに表現すれば奴隷そのものだ。だがここで重要なことは、彼に指示を出し、走らせているのは邪智暴虐の王ではなく、意思を持たないAIであるということだ。「AIにできないことを代わりにやってあげているのだと思うと、まあやってあげようという気にはなるね」と話す彼の言葉に、労働の本質を垣間見た気がした。

労働の本質が「相手ができないことを代替して対価を得ること」だとすると、それを効率的に機能させるには、「何も判断しなくても作業できる状態」にまで作業が落とし込まれている必要があるだろう。そして、Uberは優れたUIによってそれを実現している。RPAのように、作業を切り分けて単純化することでロボットにやらせるのではなく、AIが単純な作業を人間にやらせるためのUIを突き詰めているのだ。それは一見すると奴隷的とも言えるものだが、楽しめるCXに昇華させている(実際に同行してみたが、余計な電話のやりとりがなく、運転が好きな人にとっては間違いなく楽しいのだ)ことがUberの真価ではないだろうか。

シェアリングエコノミーの実態

一般的なUberドライバーの収入を聞くと、量をこなしていれば月収30万円程度にはなると言う。その数字に違和感があり、深く聞いてみると、バイク(いわゆる原付)であれば量をこなしてその程度にはなるが、自転車でこなすには限界があるとのことだ。では、”お小遣い”でほとんどのドライバーは満足しているかと言うと、面白い現状を聞くことができた。

実は、Uber Eatsで手に入る報酬を、自身がUber Eatsで注文するために使うことが多いのだ。Uber Eatsの報酬が振り込まれる口座を作り、その口座のカードをユーザーとして利用しているアプリに登録する。「来週はちょっと良いものが食べたいな」と思うユーザーが、「じゃあ二、三件配達するか」と思って戦力になっている。これは、まさに「個人の遊休資産の活用」という、シェアリングエコノミーの理想の体現ではないか。そして、楽しみながらライトに付き合うからこそ、労働はその辛さを感じさせることなく、また労働者は奴隷ではなく現代エコノミーの一員なのではないだろうか。

私は以前の投稿「シェアリングエコノミーは日本で定着するか」において、日本における普及において否定的な見方を示した。しかしながら、Uber Eatsを利用する彼らの言動は、少なくとも一部の文脈において、私の主張を粉々に打ち砕いてくれたと言えるだろう。シェアリングという概念は、日本でも若者を中心に確実に認知され、受け入れられているのだ。

日本の飲食店のリテラシーの低さ

そろそろ帰ろうという段になり、彼のアプリ通知がまた光ったので見てみると、ちょうど帰り道のルートだったが、彼は拒否した。理由を聞くと、日本人経営の中華料理屋なので配達しないという。詳しく聞くと、そもそも中華料理の配達はラーメンなどの汁物が多く、適切にシール(密閉)されていないと配達中にこぼすリスクが多いとのことだ。さらに、日本の古き良き中華料理屋は、仮に自分たちの店舗で出前を実施していたとしても、Uber Eatsの実態を理解していないため、ドライバーが来ても店舗で出すラーメンをそのまま出してキョトンとしているケースも多いという。

確かに、Uber Eatsの店舗向けページを見てみても情報が充実しているとは言い難い。おそらく、Uber Eatsの他の多くの展開国では、十分な説明量なのだろう。トラブルが起きない前提で設計されているため、実は商品を毀損してしまった場合の補償等についても曖昧だ。日本にある、海外の経営者が運営している店舗に比べて、日本人経営者はあまりにもどういうものかわかっていないため、老舗に見える店舗ほどドライバーに敬遠されるという、残念な実態も知ることとなった。

社会実験の実現に向けて

PoC花盛りの現在であるが、当然、PoCの次の段階ではより大きなコミュニティに対する検証が求められる。上記の通り、Uberは巨大資本と外資系企業特有の「雑さ」を強みにして、社会を相手にした概念実証を実現していると言えるだろう。そして、日本の法人事業者だけがそこから取り残されている。

以前に、とある日系の大企業の役員が「2020年は大きなイベントである以上に、それに向けた取り組みの中で社会実験に取り組む最後の機会になるのではないか」と話していたことを思い出した。日本人の価値観が揺らぎつつある昨今、気骨のある日本発プラットフォーマーの誕生に期待したい。

マネージャー 松本 敦

エンタメ企業を経て現職。
通信・ハイテク・メディア企業を中心に、経営計画の策定、サービス企画立案、実証実験の実行支援等のプロジェクトに従事。

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