デジタルトーク

2019.01.31

食品 デジタルが導く、食体験の変化

幼少期の食体験が好き嫌いに大きく影響する

皆さんは、子供の頃に食べ物の好き嫌いがありませんでしたか?

ピーマン、にんじん、なす、といった野菜は、子供の嫌いな食べ物の代表ですよね。それでも子供にはたくさんの野菜を食べてほしい、と頭を悩ませている方が多いのではないでしょうか。統計的にも、国内の幼少期(3歳~6歳)の子供の約半数に、好き嫌い(特定のものを食べない、もしくは特定のもののみ食べること)があるようです。

さて、この幼少期の好き嫌いには、子供の食習慣や生活習慣、すなわち親の食生活への関心や行動が影響していることは明らかでしょう。最近の研究では、以下のような場合に好き嫌いが多いことが分かってきています。
  • 離乳食を始めた時期が生後7か月目以降。「人工乳」による授乳、間食、等の食習慣がある
  • 起床・就寝時間、食事時間が決まっていない、といった不規則な生活をしている
  • 着替えや排せつが自分でできない(自立できていない)
  • 主食、主菜、副菜を揃えることを気にかけない等、親の食生活への関心が低い
  • 親子で食事作りをしない等、食生活に関する実践的な行動が少ない
そして、この好き嫌いは大人になって改善する場合としない場合があります。一般的な傾向としては、好き嫌いは年齢と共に解消されるようですが、思春期の頃にある程度固定化され、それまでに改善できないと大人になっても残ってしまうそうです。

かくいう私も、社会人になるまで食べたことがなかった納豆はあまり好きではありません。しかし、現在3歳の私の息子は、妻の影響で1歳の頃から納豆を食べ始め、今ではお弁当に納豆巻きをリクエストするほど納豆が大好物になりました。

親の食生活や食習慣が子供の好き嫌いに与える影響は、とても大きいと実感しました。

食べ物の好き嫌いはなぜ起きるのか?

食べ物の好き嫌いには、見た目が嫌い、匂いが嫌い、食感が嫌い、味が嫌い、など様々な理由が挙げられますが、その要因は遺伝的要素と環境的要素の2つに大別できます。

1つ目の遺伝的要素とは、人間の「味覚」には先天的に好き嫌いがあるということです。

人間は食べ物を食べたとき、その食べ物に含まれる化学物質の一部を舌にある味蕾(みらい)という器官で感知し、食べ物の味を感じます。基本味として甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の5つがありますが、栄養になる成分(甘味、塩味、旨味)と有害な成分(酸味、苦味)を見分けるセンサーの役割が、その味蕾(みらい)にあります。
  • 甘味
    ・・・エネルギー源のシグナル
  • 塩味
    ・・・体液バランスに必要なミネラルのシグナル
  • 旨味
    ・・・生物に不可欠なタンパク質(アミノ酸、核酸)のシグナル
  • 酸味
    ・・・腐敗または未熟なもののシグナル
  • 苦味
    ・・・毒物のシグナル
このように、人間には生まれつき、潜在的な味覚の好みがあり、食べられるものと食べられないものを判別する能力が備わっています。

2つ目の環境的要素とは、前節でも述べたような食体験によって後天的に好き嫌いが生まれるということです。

人間は、新しい食べ物に挑戦することに喜びを感じますが、同時に不安や恐怖も感じます。そして、そのときの食体験によって、好き嫌いが生まれてしまうのです。例えば、「味覚嫌悪学習」といって、新しい食べ物を食べたときに、お腹が痛くなった、下痢をした、等の不快な体験をしてしまうと二度とその食べ物を食べたくなってしまいます。逆に、「味覚嗜好学習」といって、新しい食べ物を食べたときに、元気になった、満足感が得られた、等の良い体験をすると、その食べ物が好きになります。

そのため、幼少期の食体験が豊富な子供ほど、いろいろな食べ物をよく食べる(好き嫌いが少ない)ことが最近の研究で分かってきています。

デジタル技術によって食べ物の好き嫌いは克服できるのか

食べ物の好き嫌いは、前述した遺伝的要素と環境的要素が要因となり起こります。そこで、私は環境的要素である「味覚嗜好学習」の性質をうまく利用すれば、幼少期の子供の好き嫌いが克服できるのではないかと考えています。

そこで、デジタル技術を活用して食べ物の好き嫌いを克服するための2通りの方法(仮説)を考えてみました。


【方法①】すでに嫌いな食べ物を好きになる
認知科学や心理学の領域では、視覚と味覚、視覚と聴覚など、本来別々とされる知覚が互いに影響を及ぼし合う現象(クロスモーダル現象)があるとされています。

そこで、この現象の具体例として、横浜国立大学教授の岡嶋克典による実験を紹介したいと思います。まず、被験者がヘッドマウントディスプレイを装着し、マグロ(赤身)のお寿司を食べます。そのときに、ディスプレイにトロやサーモンの映像を表示すると、被験者は味覚情報から得たマグロ(赤身)よりも視覚情報から得たトロやサーモンを食べていると錯覚してしまうそうです。

このクロスモーダル現象とVR/AR技術を組み合わせることにより、嫌いな食べ物も好きな食べ物に錯覚させて食べることができる。そのため、「嫌いな食べ物を美味しく食べられた」という良い体験が得られ、なおかつ、その食材の良い面に少しずつ触れることにより、嫌いな食べ物を好きになり、食べられるようになるのではないか、と考えます。


【方法②】初めて食べる、新しい食べ物を嫌いにならないようにする
シンガポール国立大学のNimesha Ranasingheらによって、バーチャルカクテル「Vocktail」という新しいデバイスが開発されています。このデバイスは、色・味・香りを変化させることにより、ただの水や既存の飲料に新たな食材を加えることなく、飲料の味を変化させることができるそうです。

このようなVR/AR技術を応用し、味覚情報を苦いものから甘いものに変化させる、嗅覚情報を臭い匂いから良い香りに変化させる、といった食体験をコントロールすることにより、新しい食べ物を食べたときの満足感を得やすくさせ、その食べ物を好きになってもらうことができるのではないか、と考えます。


ただし、どちらの方法も食べ物の好き嫌い克服のきっかけを与えるためのものであり、本質的に解決するものではありません。まず、子供に食に関する興味を持たせることが好き嫌い克服の第一歩であり、食に関する親子の会話を増やす、一緒に料理を作る、栽培を体験する、等を子供に経験させること、すなわち親も食に関する興味を持つことが最も重要であると考えます。

未来の食体験に対する不安と期待

食事を楽しみながら、活動に必要な栄養素をバランスよく取ることを良い食体験と仮定すると、デジタル技術の進歩により、良い食体験を手軽に得ることができる時代がすぐ近くまで来ているのではないでしょうか。

食事を楽しむこと(いつ、どこで、誰と、何を、どのように食事するのか)は、VR/AR技術で容易に創造できます。また、栄養を摂取することは物理的に必要ですが、食品や加工の研究/開発が進めば、サプリメント食品が流行している現在よりもさらに効率的に栄養素を摂取することができるようになると考えられます。

このような食体験の変化は、農業や水産業などの生産や加工、物流、販売、外食サービスなど、食に関連する業界に破壊的なイノベーションを起こす可能性があります。

また、一般消費者にとっても、デジタル技術によって良い食体験が容易に得られるようになると、生活が快適・便利になる一方で、現在は当たり前となっている、リアルな人や食材を通じての食体験がとても貴重であることに気付かされるかもしれません。

デジタルというと、一般的には冷たくて機械的なイメージがありますが、食体験のデジタル化によって、人のココロ、ひいては人生経験の向上が実現できるのではないでしょうか。

シニアマネージャー 前野 敏宏

大手製造系IT企業を経て現職。
主に製造・金融・通信を中心に、ITサービス企画/開発、業務改善、人材育成、プロジェクト・マネジメントなどのテーマで多数のプロジェクトに従事。

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