デジタルトーク

この記事をシェア
2018.12.25

ヘルスケア 医薬品の治験におけるデジタル化

色々と物議を醸した「ブラックペアン」

今年の春、TBSの連続ドラマ「ブラックペアン」を毎週楽しみに観ていた方も多いのではないでしょうか。アイドルグループ嵐のメンバーの二宮和也演じる天才外科医がブラックヒーロー的な活躍をするドラマなのですが、ドラマとしての完成度以上に物議を醸したのが、劇中で描かれた治験コーディネーター(CRC)の姿でした。「治験」とは医薬品の研究開発の段階で行われるもので、「予め合意を得た患者(被験者)に対して、試験的に用意された薬の効き目や副作用などを検証する」ための臨床実験です。その中心となるCRCは、治験を安全に進めるために患者や医療従事者の間に立って様々な調整を行う、正に「コーディネーター」です。前述のドラマにおいてCRCを演じたのが元フジテレビアナウンサーの加藤綾子だったのですが、高級レストランで頻繁に医師を接待したり、高額な費用(治験の世界では「負担軽減費」という)を被験者に支払ったりと、実際のCRCの職務内容とは大きくかい離した描写になっており、CRC認定制度を運営する日本臨床薬理学会がCRCのイメージを大きく毀損するものだとしてTBSに対して意見文を出すという事態になりました。

そもそも治験とは、そのイメージ通りリスクの高い医療行為であり、年間国内で600件ほど実施されているなかで、アクシデントによる死亡例もあるものです。治験は「プロトコール」という治験実施計画書に則って実施されるのですが、このプロトコールに逸脱した行為や事象が少しでも発生するとアクシデント判定され、最悪の場合は治験が中止される事態となります。このようなアクシデントを起こさないように安全に治験を進めるのがCRCの役割なのですが、時として患者側の用法・用量のうっかりミスや医療従事者側の計測モレ等でもアクシデントが発生します。私がコンサルティング・プロジェクトで垣間見たCRCの方々は、自らの直接的なミスではないアクシデントまで背負い込み、「もっと患者様と会話しておけば良かったのではないか」「もっと看護師と打合せをしておけばよかったのではないか」と強い責任感で仕事をされている方が多い印象でした。ですので、劇中で表現されたCRCの姿は、ドラマ上の演出とはいえ大きな違和感を覚えたというのが率直な感想です。

デジタル技術で変化する治験

一方、デジタル技術の活用で、治験そのものが大きく変化しようとしています。2018年3月、スイス大手製薬メーカーのノバルティスは、モバイル機器や遠隔医療サービスを使って自宅などでも治験に参加できるバーチャル治験モデルの導入を発表しました。治験者を募集する際、患者の医療機関への移動時間の長さや長時間滞在がネックになることも多いのですが、そうした障壁を取り払うことで治験者をスムーズに募集することに役立ちそうです。患者が来院を失念したり面倒でドタキャンすることでアクシデント認定されることもあるのですが、この技術はそういったアクシデント防止にも有効だと思われます。

国内の例では、同じく2018年3月、田辺三菱製薬と日立製作所がAI技術を活用した治験の効率化に取り組むことを発表しています。これまで治験の計画段階において、熟練者による医学論文等の検索や収集に非常に多くの時間とコストを費やしていましたが、自然言語処理やディープラーニングなどのAI技術を活用することで、情報収集時間の約70%を削減することが可能となるそうです。

治験の検証用途も広がりを見せています。これまでは、化学化合物である薬品の効果や副作用を臨床実験することが治験の主たる目的でしたが、最近はスマートフォンの禁煙アプリやダイエットアプリなど、医薬品の薬効をサポートするアプリケーション開発が増加しており、それらの効果を検証するための治験も増えているようです。

ウェアラブルデバイスの活用も進むのではないでしょうか。前述した治験におけるアクシデントでは、血圧や心拍数等の計測時に記録紙の紛失や計測漏れ等のアクシデントもしばしば発生しますが、患者にウェアラブルデバイスを装着してもらうことで治験薬服用後の様々な計測を、デバイスを介して自動でバイタルデータを取得することができるかもしれません。そうすると患者や医療従事者の負担を低減することができ、治験におけるアクシデントを減らすことが出来るかもしれません。

創薬コスト削減は人類の課題

人類が求める医薬品はまだまだ存在し、これらを総称して「Unmet Medical Needs」と呼びます。しかし、現状のままでは新薬開発の成功確率は非常に低く、まだ人類が手にしていない医薬品の創薬コストは莫大なものになってしまいます。一方で、新薬開発の様々なプロセス、例えば治験においてデジタル技術を活用することでプロセスを効率化することが出来れば、創薬コストやリスクを低減させることが出来ます。その結果、その薬を求める患者に、なるべく早く、低コストで届けることにつながる可能性があります。

デジタルが我々の生活を変えつつある中で、Quality of Lifeの向上は今まで以上に重視されるでしょう。そのためには医療の進化が必要なこともまた明らかです。しかし、少なくとも現状の新薬開発においては、まだ治験が必要とされています。CRCの皆様の日々の真摯なお仕事に「デジタル」という要素を加えることで、新しい治験の世界が生まれるのではないでしょうか。

パートナー 大野 伸一

大手証券会社、銀行、外資系コンサルティングファーム等を経て、ベイカレント・コンサルティングに入社。
金融機関、商社、メーカー等の広範な業界を対象に、経営戦略の策定や事業参入戦略、広告・マーケティング戦略、業務プロセスや内部統制等の改善、次期業務基幹システムの構想策定等の多数のプロジェクトに従事。

登録タグ:AI R&D リスク管理