デジタルトーク

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2018.11.22

エンタメ デジタルはスポーツをどう変えるか?

デジタル化が進むスポーツ分野

 2020年東京オリンピックまであと2年となり、活躍が期待される選手や、会場や合宿を誘致する自治体など、オリンピックに関する話題が盛んに報じられるようになってきた。オリンピック会場が東京に決定した2013年から5年が経ったわけだが、この間に、デジタルによって世界は大きく変化した。その変化は、スポーツ界も例外ではない。2020年のオリンピックは、デジタル技術が駆使された、新たなスポーツの幕開けとなるだろう。

 デジタルがもたらしたスポーツの変化は、現時点でも随所に見ることができる。例えば、今までは基本的に紙のベースで記録されてきたスコアブックや、映像として記録されてきたプレースタイルなどがデジタルデータに置き換えられるようになってきたこと。それによって、新たな分析ができるようになり、選手やチームのパフォーマンスを高めている。

 他にも、選手の動作をセンサーで計測し、より合理的な動作の習得に活用するケースや、相手選手のプレーを解析して戦術に活かすようなアプローチも行われている。そしてこれらのテクノロジーは、ハイレベルな戦いにおいて活用されるだけではない。スポーツ初心者につきものの「最初の壁」を乗り越えることを容易にし、スポーツを楽しむ層の拡大につながる可能性がある。

 東京大会で初めてオリンピック種目となるサーフィンを例として取り上げてみよう。この競技では初心者が波に乗れるようになるまでに、「最初の壁」が3つあると言われている。波の見極め、パドリング、事故の回避だ。これらの壁をクリアするための技術が出現してきている。波の見極めには、世界中の潮位のデータから波の予測をサポートする「タイドグラフ」が活躍する。時計に潮位が示され、波の予測が容易になり、無駄な波で体力を消耗することがなくなる。そしてパドリングには、ボードからジェット噴射して推進力にする「WaveJet」。手首に時計状のデバイスをつけ、操作することができ、沖に出るにも、波に乗るためにも、腕でこぐ必要がない。サーファーからすれば「それをやったらおしまいだよ」と言いたくなる技術だろうが、サーフィンの敷居が大きく下がることは間違いない。さらに、サメの被害を防ぐため、シャークアタック用腕時計型デバイス「sharkbanz」なるものも登場した。これも手首につければ、強力な磁力でサメを寄せ付けない。時計を3つも4つもしなくてはならないという別の壁が立ちはだるようにも思えるが、初心者がサーフィンをあきらめる理由はないも同然だ。

 このように、デジタル技術はスポーツに多大な恩恵をもたらすことが見込まれるが、「どこまでが受け入れられるか」という点はこれから議論になるポイントだ。例えばプレー中のデータをもとに、「左足のシュートは最近失敗しているから、リスクが高いのでやめておけ」、「相手チームの7番をマークしろ」といったアドバイスを人工知能がしてくれるようになったとしたらどうだろうか? より高いレベルのプレーができるようになればいい、という意見もあるだろうが、「状況判断」までデジタルに委ねた場合、「そこで行われているプレーは、本当にスポーツだと言えるのか?」という疑問が頭をよぎる人もいるはずだ。

デジタルが問う、競技の本質

 ゴルフの世界では、USGA(全米ゴルフ協会)とR&A(ロイヤル&エンシェント・ゴルフ・クラブ・オブ・セント・アンドリュース)が、グリーンの傾斜を詳細に示した「グリーンブック」の使用を禁止するとの発表を行った。グリーンブックとは、グリーンのあらゆる傾斜を機械で計測して見える化したものであり、肉眼よりも高い精度で判断するためのいわゆる「カンペ」である。その使用を禁止する発表はすなわち、「ゴルフというスポーツは、打ちたい軌道をクラブで再現する技術だけではなく、どのような軌道で打てばいいかを肉眼で読み取り、判断することまで含めて競い合うスポーツなのではないか」、という問いかけだとも言える。競技の本質をどう捉えるのか、という重要な問いかけである。

 デジタル技術がスポーツの世界に入り込んでくることは避けられないであろう。しかし、協議においてどこまでを許容するかについては、十分な議論が必要だ。それによってその競技の本質が変わってしまうからだ。

 ここで、スポーツを大きく次の3つに分けて考えてみよう。
  • インプット
    相手や環境の状態を読み取る

     
  • ディシジョン
    インプットに対してどのようにプレーするのがいいかを導き出す

     
  • アウトプット
    プレーのシナリオを体で再現する
 ゴルフはコースの状況を読み(インプット)、経験や理論から攻略方法を判断(ディシジョン)し、それをスイングとしてボールに伝えて(アウトプット)ゲームを行うため、このすべてが勝負の要素になる。しかし、グリーンブックはゴルフのパッティングにおける「インプット」と「ディシジョン」を勝負の要素から除外してしまう。

スポーツのもたらす感動の正体とは何か

 頭脳スポーツの例では、「インプット」と「ディシジョン」だけで勝負を競い合うのが将棋だ。将棋の世界では、すでにコンピュータが人間を凌駕する能力を持ち、人間対コンピュータの勝負の意味が薄れてしまった。スポーツにおいてもこの2つの要素においてコンピュータが人間をしのぐ能力を発揮することは容易であろう。

 前述したサーフィンも、状況を読み取り判断する力が要求される競技だ。サーフィンの競技は海で行うため、自分の出番の時にいかに良い波を選択するかが勝負の要素となるからだ。プロのサーファーであっても、「良い波に賭けて待ってみたが、結局時間が過ぎてしまい、まったくパフォーマンスできずに終わってしまった」ということもある。もし波を予測する技術が登場すると、波の選択眼や判断力は必要なくなる。あとはうまく波に乗る技術だけの勝負だ。

 すなわち、デジタル技術がスポーツにもたらすものは、「インプット」、「ディシジョン」をスポーツの要素から取り除いてしまうことである。それらが取り除かれた後の競技とは、必要とされる動きを正確に再現するという身体能力の競い合いになるという意味で、ある意味純粋なスポーツとも言える。問題は、これが面白いのかどうか。我々がそれ求めているのかどうかである。われわれがスポーツに感動するのは、身体能力の高さを目の当たりにするときだけではない。柔道の真髄である「柔よく剛を制す」のように、競争の概念をひっくり返すような技を見ることや、劣勢を1つのプレーで変えてしまうような判断力など、表面的なプレーの奥にある人間の「勝負」に垣間見るドラマである。

 将棋において、元名人経験者として初めてコンピュータに破れた故・米長邦雄永世棋聖は、終局後のコメントの中で以下のように語っている。
 “今日は一番負けましたけれども、だからプロが弱いということではないのです。この後はコンピュータはコンピュータとしてさらなる進化をしていって、人間は人間として、やはり脳みそを使って、脳に汗をかくほど一生懸命将棋を指す姿が多くのファンに感動を与えて。駅伝・マラソンと車の会社のような関係で、駅伝・マラソンは車が横をさっと抜けるのだと思うのですが、(車は)ノロノロ走っている。それは、ランナーの汗というものに感動するから。”
 デジタルが、人間の能力を最大限に引き出すとともに、人間が限界に挑戦し、努力する姿を描くことができるようになれば、スポーツはさらに感動を生み、人間にとってなくてはならない存在になるであろう。2年後に迫る東京オリンピックで、スポーツの新たな可能性が大きく花開くことを期待したい。

エグゼクティブ・パートナー 藤川 正徳

東京大学大学院卒業後、ボストン コンサルティング グループ等を経て現職。
金融・消費財・流通を中心に、成長戦略、営業戦略、PMIなど多数のプロジェクトに従事。
共著書に「デジタルトランスフォーメーション」。