デジタルトーク

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2018.11.12

SNSが変える化粧品業界

ダイナミックプライシング、先行する企業、業界は

 9月3日、8ドル。9月6日、25ドル。さらに、急配の設定をした場合は179.25ドル。まるでIPOベンチャーの株価のようなこの値動きは、昨年のとある日における、Amazonサイト上でのボトル入りの水1ケースの販売価格だ(ネスレの飲料水、約500ml×24本)。飲料水の値段が数日の間に十数倍にも高騰した背景には、ハリケーンの強さを示す5段階のうち、最も強い「カテゴリー5」に発達したハリケーン「イルマ」の上陸に備え、米フロリダ州の住民の需要が高まっていたことがある。

 緊急時における飲料水価格の急騰は、Amazonを世間の厳しい目にさらすと同時に、同社のサイト上の価格がアルゴリズムに支配されていることを改めて示すこととなった。近年、様々な業界で浸透し始めている、ダイナミックプライシングという手法である。これは、需給状況に応じて価格を変動させ、顧客満足度と利益が最大化する価格で常に販売することを目指すもので、近年では、AIが需給に関する様々なデータを分析・判断し、動的に価格を決定する形が主となってきている(上述したAmazonの例は、顧客満足度の最大化にはほど遠いと言えるが)。

 ダイナミックプライシングは、航空運賃・宿泊料金・有料道路料金などのほか、プロ野球などのスポーツ観戦のチケットや、Amazon、ウォルマートなどのECサイトでも着々と導入されている。日本でも、プロ野球では楽天、DeNA、Jリーグではセレッソ大阪、横浜F・マリノスなど、チケット販売にダイナミックプライシングの仕組みを導入し始める例も少なくない。

 一方、化粧品業界は、このダイナミックプライシングが最も浸透していない業界の一つと言っても過言ではないだろう。その背景には、そもそも価格を頻繁に動かすこと自体が他業界と比べ一般的ではないことや、ECサイトでの販売が他の消費財と比べて浸透していないことといった、様々な事情が存在する。

ダイナミックプライシングが化粧品業界で浸透していくには

 一般的に、ダイナミックプライシングに取り組むにあたっては、次の三つが必要な要素となる。
①分析に有用な、需給の変数となるデータを、リアルタイムに大量に集められること

② ①の大量のデータを分析し、適正価格(=顧客満足度と利益が最大化する価格)を正しく算出できること

算出した適正価格を反映し、リアルタイムに消費者に提示できること
 この三つの要素の内、化粧品業界では、特に①、③にネックがあるのではないだろうか。

 まず①について。需給の“需”のデータを集めることは意外と難しい。食品を除く消費財において、ダイナミックプライシングに活用するデータとしては、在庫状況(=需給の"給"のデータ)を主として活用している場合が多い。これは、“給”のデータは収集しやすく、“需”のデータは収集しづらいことが大きな要因である。特に化粧品においては、難易度が高い。消費期限があるわけでも、シーズンが細かくあるわけでもない。また、ECサイトでの購入はまだまだ普及しておらず、データの絶対数が多くないことに加え、自社のプライベートECサイトでの販売が主であるため、競合データも集まらない。現状、“需”のデータとして活用しうるのは、リアル店舗の売上状況くらいではないだろうか。

 次に、③についてもチャネルの問題は重大だ。算出した適正価格を反映し、リアルタイムに消費者に提示するとなると、基本的にはオンラインでの販売が前提となるだろう。前述のとおり、化粧品業界ではECチャネルでの販売が普及しておらず、百貨店やドラッグストアがメインの販売チャネルである。加えて、メーカー側ではなく小売店舗側が最終価格の決定権を握っているケースもある。リアルチャネルとECチャネルの間で、ひとつの商品を異なる価格で販売することに対しても、業界全体として、まだまだ抵抗が大きいのではないだろうか。(近年では、資生堂や花王の大手各社がECサイト限定ブランドを展開しており、このケースでは彼らが価格決定権を握っている。)

 このような事情をふまえると、化粧品業界でダイナミックプライシングに取り組み始めるには、ECチャネルでの販売を根付かせる仕組みと、需給の変数となる大量のデータの二つが必要と言える。これらを実現するキーとなるのが、SNSを中心に据えたブランドの展開ではないだろうか。

 まず、SNSを通じたプロモーションは、その体験シーンの特性上、最もECサイトに繋げやすいプロモーションと言えるだろう。最近では、Instagramの画像から直接ECサイトにリンクする機能もリリースされており、既にKate Spadeやボタニストなどが導入している。この機能は、2018年9月にストーリーズ(スライドショーのような形式で日常的な写真や動画の投稿、ライブ配信が可能)にも拡大され、今後も多くの企業が採用する可能性が高い。加えて、需給データについても、SNSを通じたプロモーションは相性が良いのではないか。SNS上の反応(「いいね!」など)は、消費者の商品に対する興味をリアルタイムに把握できる情報であり、需要を予測するうえでの重要なデータとなり得るだろう。

化粧品業界におけるSNS活用の加速はダイナミックプライシングの夜明けになるか

 SNSを活用したブランディングの代表的な成功例としては、コーセーのタルトが挙げられる。

 タルトはマス広告に頼らず、SNSを情報発信の中心に置き、海外のミレニアル世代に爆発的な人気を誇っている。その人気ぶりは、インスタグラムのフォロワー数をみると一目瞭然だ。現在、タルトのインスタグラムのフォロワー数は850万人。米大手化粧品ブランドのエスティーローダーは270万人、業界内で、デジタルマーケティングに長けているといわれるイブサンローランでさえ、470万人である。フォロワー数の観点だけでいえば、もはや同業他社は相手ではなく、有名タレントとしのぎを削るような段階まで来ている。(日本で最もフォロワー数が多いアカウントはタレントの渡辺直美で、830万人)
(フォロワー数は2018年10月9日時点)
 その他、プロモーションや商品開発においても、SNSを意識した動きが出てきており、この流れは今後も大きくなることが予想される。

 その他の大手各社も、SNSで多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーとの広告契約を続々と行っている。ローラメルシエは、インスタグラムで360万人近いフォロワーを持つアイミー・ソンと50万ドルで契約したと報じられている。また、メイベリンは、再生回数が最も多いユーチューバーの一人である、インフルエンサーのニッキー・デジャガーと契約している。

 また、商品開発においても、ブランドデザインをするにあたって、インスタ映えを意識する流れも見られる。訪販化粧品大手のポーラが2018年3月に、20代から30代女性と接点を築くために立ち上げた、新ベースメークブランド「ディエム クルール」もその一つと言われている。

 グレイッシュパステルカラーの赤、黄色、青、緑の4色で構成する多色ファンデーションとなっており、単色が一般的なファンデにあって、一見して目を引く外観となっている。開発過程のグループインタビューでも “インスタ映えしそう” といった声が寄せられており、発売後も実際にインスタグラムやブログなどで話題となっている。
引用元:POLA公式オンラインストア「ディエム クルールのデザイン
 このようなSNSを中心に据えたブランド展開の動きが活発化し、これらのブランドが一定以上のパイを占める未来はすぐそこまで来ている。これに加え、上述した、SNSからECサイトの動線の確立と、各種データの連携が実現すれば、化粧品業界におけるダイナミックプライシングの夜明けもそう遠くはないだろう。

シニアコンサルタント 澤田 健太

メガバンクを経て2016年度入社。
消費財、エネルギー、運輸業界などにおいて、デジタル化戦略、マーケティング/営業戦略、サービス企画/開発、ガバナンスやマネジメントの設計など様々なクライアント企業の課題に対して幅広く支援。