デジタルトーク

この記事をシェア
2018.09.04

ヘルスケア 近未来SFの世界観に肉薄するデジタル技術

映画「マトリックス」の世界はもうすぐそこに!?

1999年公開の映画「マトリックス」は、多くのかたがご覧になったことだろう。ワイヤーアクションやパレットタイムなどの撮影手法を駆使した、当時としては先進的な映像が世界中で話題になったわけだが、先日その「マトリックス」を観なおす機会があった。公開時からほぼ20年の月日を経て再会したわけだが、あらためてその内容に大いに驚かされた。なぜなら、現在我々が迎えているデジタル変革を予言するような物語だったからだ。

「マトリックス」のストーリーでは、同時進行する2つの世界が描かれている。一つは、それが仮想であることを誰も疑わないほど精巧に作られたVR(バーチャル・リアリティ)の世界。もう一つは、カプセルのような容器の中で、人類の生命がマシンによって完全制御された現実(リアル)の世界だ。映画の公開当時、おそらく多くの人が「この2つの世界はSF映画上の作り話だ」と感じただろう。しかし、改めて映画を観た私の感想は「これは、もう実現している」だったのだ。

We can do it!(できないことができるって最高だ!)

キアヌ・リーブス演じる主人公の「ネオ」は、自分が生活していると信じていた世界が実は精巧に作られたVRの世界だったということに気づき、覚醒をする。目で見ているものや体で感じていることが、すべて人工的に生成され脳に送られた信号だと悟る。この映画の象徴的な場面として、ネオが拳銃の弾を体をのけぞらせて避けてしまうシーンが有名だが、これとて「ネオはこれがVRだとわかっている」から怖くはないし、何だってできてしまうのも当然のこと。

最近、某ゲーム機メーカーが「We can do it! (できないことができるって最高だ)」というメッセージをテレビCMなどで発信しているが、まさに我々はこのメッセージ通り、「(リアルワールドでは実現)できないことができる」もう1つの世界、すなわちVRの世界を手にしようとしている。

ネオが見た現実世界とコクーンの衝撃

覚醒したネオは現実世界の中でマシンに戦いを挑んでいくが、そんなネオが見た現実世界は、「人類がマシンによって支配され、カプセルの中で脳がネットワークにつながれ、あたかも人間的な生活を送っているような刺激を脳に直接与えられてている」という実態だった。2018年の今、IoT (Internet of Things)の次に到来しつつあると言われているIoB (Internet of Body)の世界観が、20年前の映画のこのシーンにまさに描かれているのである。人間がカプセルの中で「培養」される様子は、昨今のiPS細胞やES細胞等の多機能幹細胞による医学界・科学界の変化と合致する。我々人類は、多機能幹細胞を用いて臓器を人工的に生成したり、試験管内で食用の培養肉などを生産する時代を、今ようやく迎えようとしており、この映画で描かれた世界の要素技術はどんどん現実的なものになろうとしているのだ。

先日も、あるプロジェクトで再生医療に関するリサーチをする機会があった。そこで出会ったのがLonza社とOctane Biotech社が共同開発中の細胞・遺伝子治療製品自動培養装置「コクーン (Cocoon)」。Lonza社の方から直接お話を伺う機会に恵まれたのだが、聞けばこのコクーンでは、カセットのようなものを交換するだけで様々な細胞を自動で培養することができるとのこと。こうした技術が確立されていけば、量産の妨げとなっていた細胞培養の難しさを克服し、細胞医薬品や遺伝子治療薬のコスト低減と普及に寄与するものとなるだろう。コクーンは「繭(まゆ)」という意味で、デジタル制御された繭の中で細胞が自動培養されるわけであり、まさしく「マトリックス」で描かれた世界を想起させる。実際、Lonza社の公表している写真 はSFの世界そのものだ。

神の領域に近づく人間と行く末

今後、VRの世界は更に精巧になり、たとえば物理的な「旅行」をせずとも思い出に残るのような体験ができるようになるかもしれない。情報ネットワークにつながるためのデバイスは体内に埋め込まれ、手に持って操作する必要がなくなるかもしれない。また、人間は臓器、さらには人間そのものを人工的に作る技術によって「Unmet Medical Needs(未充足の医療ニーズ)」の撲滅を実現するかもしれない。

人類はこれまでにも高度な技術の利活用によって、それまで手にできなかったものを次々に手中に収めてきた。これからも、あくなき探求心や挑戦欲によって、いわば「神」の領域に近づいていくだろう。しかし、人間が神の領域に近づけば近づくほど倫理的な観点で様々な議論が生まれ、また、映画「マトリックス」のような世界に陥ってしまうリスクも、ただの夢想と片づけられなくなる可能性もあるのではないだろうか。

ちなみに、主人公の名前であるNEO(ネオ)は、「選ばれし者」「神」といった意味があるThe ONEのアナグラムなのだそうだ。

パートナー 大野 伸一

大手証券会社、銀行、外資系コンサルティングファーム等を経て、ベイカレント・コンサルティングに入社。
金融機関、商社、メーカー等の広範な業界を対象に、経営戦略の策定や事業参入戦略、広告・マーケティング戦略、業務プロセスや内部統制等の改善、次期業務基幹システムの構想策定等の多数のプロジェクトに従事。