金融機関を巻き込んだ浸透に向けた課題
銀行業界の視点で見ると、業績が伸び悩む中、コンビニATMの運用費の負担が増加している。昨年10月に三井住友銀行が、今年3月から三菱東京UFJ銀行が、それぞれATMの無料使用回数を制限した。さらに地銀でも同様の動きや、無料だったATM手数料を有料化する銀行が増えている。現金を使わない決済が増えれば、ATMの台数を減らすことができ、さらには預金引き出しや振り込みのための窓口担当者も減らすことができる。人手不足の対応やコスト圧縮を実現したい銀行にとって、キャッシュレス化で得られるメリットは大きい。
VISAが外部に委託した調査では、東京都で企業間取引や政府による支払いも含めた「キャッシュレスレベル」が今より2割高まれば、現金を数えたり運んだりするコストを約5.4兆円減らせる計算になるという。インフラ整備の費用を差し引いても、都だけで約2.2兆円の経済効果が見込まれるという。政府がキャッシュレス化を推進するのも、こうした事情があるからであろう。
Suicaは、2002年のサービス開始から15年間で約6,400万枚発行されている。単純計算で言えば、二人に一人は持っていることになる。「日本はもともと現金主義だからキャッシュレス化が進まないのだ」という説もよく聞かれるが、まさにキャッシュレスを実現するツールであるSuicaが浸透している現実を踏まえれば、こうした通説にさして説得力がないことは明らかだ。
キャッシュレス化に対応することは、訪日外国人にとっての決済を便利にしたり、金融業界の業務効率化の観点でも高い効果が見込まれるなど、調べてみると利点が多い。しかし、一般消費者の意識改革が前述のビジネスパーソン以外にも広がらない限り、キャッシュレス化の推進は企業の「押し付け」で終わってしまうだろう。一般消費者は、格別な不便を感じない限り、今までの行動を変えづらい。キャッシュレス化を進めるには、消費者に向き合う各企業が、今より便利な体験価値を実現し、その価値を訴求することが必要なのではないだろうか。