顧客体験の非連続な変革デザイン思考との正しい向き合い方

デジタルビジネスの広まりによって、サービス企画段階におけるCX理解の重要性が再認識されるにつれ、デザイン思考もまた復権しつつある。ユーザーにCX理解のツールとしての本来の価値が正しく理解され始めていると言えるだろう。

一言にCX理解といっても、デザイン思考に限らず様々な手法が存在する。その中でデザイン思考を採用する利点は、手法として広く理解されていることに加え、サービスデザインにチームとして取り組む上での意識醸成ツールとして優れているということが挙げられる。

具体的には、ウォーターホール型の手順を重視する伝統的な日本企業の考え方に適応しやすく、インパクトを想像しやすいことが、デジタルビジネスを考える上でのデザイン思考の再評価に繋がっているのだ。
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2019.09.09

背景・トレンド

デザイン思考という考え方の発祥については、一般的にd.schoolとして知られる、The Hasso Plattner Institute of Design at Stanfordが設立された2004年を思い浮かべる方が多いだろう。その後、IDEO等のコンサルティングファームが日本において普及に貢献し、製造業を中心に利用され始めた。

しかし当時は、”なんとなく良いサービスが企画できそう”といった程度の認識で評価が一人歩きし、その本質は理解されないまま利用されていたのではないだろうか。

当時のユースケースとして多かったのが「デザイン思考を使いながらワークショップ形式で新規事業や新規商品・サービスをやりたい」というものだ。そこで期待されたイメージ像は、例えば「部門横断的にプロジェクトメンバーが募集され、選ばれたメンバーたちは繁忙な通常業務の合間を縫って特別仕立てのプロジェクトルームに集合。カスタマージャーニーを描いた模造紙を壁に貼り、色とりどりの付箋紙を片手に、議論を交わす」というものだ。

縦割り組織の企業にとって、部門横断で集まった参加者たちが付箋を片手に議論するというスタイルは、十分に新しいものとして映っただろう。写真でも撮っておけば、「デザイン思考を使って、新しい製品アイデアを出しました」と、上層部への報告書の添付素材として大いに説得力を持ったに違いない。

しかし近年、DXが叫ばれ、テクノロジーを活用した既存サービスの再構築が試みられてきたことで、このデザイン思考の真価が理解されつつある。

どの手法・フレームワークにも言えることだが、形ばかりのスタイルを漫然と試すのではなく、企業文化にフィットするように留意し、メリハリをつけながら取り込むことが肝要だ。デザイン思考という手法の特徴を正しく捉え、自社に不足している部分を補うツールとして活用することで、デジタルビジネスに限らず、CXに根ざしたサービス企画という”絵に描いた餅”を現実解に落とし込むことが可能になるのである。

日本企業がデザイン思考の真価を理解するポイントは、デザイン思考を人間の想像力を補うツールとして捉えることだ。シリコンバレーの企業家兼エンジニアのように、一人でCXの仮説を持ち、プロトタイプの実装までこなす”真のアジャイル”を実施できる日本企業はほとんどない。小さなPDCAを回すために多くのメンバーを必要とし、メンバーの共通認識の拠り所として強い影響力とビジョンを持ったプロダクトオーナーを必要とする”アジャイルもどき”にならざるを得ない日本企業にとってこそ、デザイン思考は有効なツールなのである。

デザイン思考の5ステップ

共感
  
ユーザーに寄り添い、行動を観察する

問題定義
  
ユーザーのニーズや問題点を明確化する

概念化
  
ニーズを満たし、問題解決となるアイデアを生み出す

試作
  
プロトタイプを作成する

テスト
  
ユーザーに使ってもらい検証する

成功の要諦

デザイン思考を人間の想像力を補うものとして捉える上では
  • 発想力の強化
  • インサイトの明確化
  • イメージの具現化
の3つの価値を認識することが重要だ

発想力の強化

デジタルビジネスにおいて、CXを考える重要性はますます高くなり、顧客を単なる消費者ではなく生活者として捉えることが重要になっている。生活者として捉えるということは、日頃の生活すべてがサービスを企画する上でのインサイトを得る機会だということだ。

しかしながら、ほとんどの人間にとって、イノベーションにつながるようなインサイトを得ることは難しい。99%のユーザーは、誰にでも想定しうるユースケースで満足しているからだ。そこで、インサイトを得るための共感ステップにおいてはエクストリームユーザーを想定し、場合によってはインタビュー等でその感性を拾い上げることが重要だ。

例えば、庶民向けの300万円台のスポーツカーを企画・開発するとする。ファッション感覚で身につけるかのような富裕層向けのスポーツカーと違い、顧客は走行性能に惹かれて購入することが多いだろう。

しかし、一般的なユーザーにインタビューしても、現行のスポーツカーのどこに価値を感じているのかを理解するのは困難だ。仮に時速200km出せるスポーツカーであっても、当然ながら公道でその価値を体験することはできない。つまり、ほとんどのユーザーは車の走行性能の一割も発揮させることなく利用していることになる。

しかし、例えばレビューサイト等に記載したいのは本当の走行性能を評価したユーザーの意見だ。そこで、サーキットで草レースに出場するようなユーザーにインタビューしてみる。すると、彼らは瞬間的な走行性能よりも、過酷なサーキット走行に長時間耐えられるようなアライメント設定を求めていることがわかったりする。

ほとんどのユーザーにとって真価を発揮しない性能であっても、スポーツカーとして売り出すためのキモがそこにあるということだ。トヨタがニュルブルクリンクで新型スープラの試験をする理由がここにある。

インサイトの明確化

顧客に共感することで各人が得たインサイトは、そのままでは個人の思い込みの域を出ない。チームでサービス企画をする以上は、その気づきが価値あるものであることを全員が認識する必要があるだろう。そこで、単なる思いつきをメンバーに説明できるレベルまで明確化する必要があるのだ。

インサイトを明確化する際には、5W1Hを意識することが重要だ。

「誰が」「いつ」「何を」するときに「誰|何から」「何を」「どのように」与えられることが価値になるのかを整理して語ることで、各人の得たインサイトが、サービスを企画する上で何の役に立つのかを説得力を持って説明することができる。

デザイン思考の問題提起のプロセスにおいて、単純なニーズの表現だけでは不足だ。解決策につながるアイデアをチームで生み出すためには、各人の持つ打ち手仮説を良いところ取りすることが重要なのだ。

イメージの具現化

ニーズに対する打ち手仮説は、そのままでは実装できない。”アジャイルもどき”でも効果が発揮される状態にするためには、サービスのラフスケッチとも呼べるプロトタイプが必要だ。

プロトタイプといっても、各人の考える打ち手のイメージは様々だ。メンバーの打ち手アイデアを正しく評価するためには、まずは個々のメンバーが得意とする表現方法を認めることが重要だ。

コードが書けるのであれば簡単なアプリケーションを実装してもよいし、絵や工作が得意であれば画用紙を使ってもよい。重要なのは、各人が思い描いた打ち手を過不足なくメンバーに伝えて共感を得ることだ。

ただし、ここで終わってしまっては画竜点睛を欠くことにも注意されたい。ありがちな失敗例が、ワークショップにエンジニアが同席していたことに安心して、残りをエンジニアに任せてしまうことだ。エンジニアに言わせれば、「よくわからないガラクタを渡されてこの通りにサービスを作れと言われた」といったところだろう。

重要なのは、プロダクトオーナーが各人の思いとその本質を見極めて明確な仕様に落とし込むことだ。デジタルビジネスにおいては、良くも悪くも一人のプロダクトオーナーの思い描いたサービスが出来上がることになる。

サービスとは、どんなに言葉を尽くそうとしても結局は責任者のエゴの産物なのだ。共感力とビジョンを兼ね備えたプロダクトオーナー無くしてサービスの成功はない。プロダクトオーナーの想像力を補うためにこそ、デザイン思考はその真価を発揮するのである。