イネーブラとしての先進技術世界を一変させうる量子コンピュータ

量子力学という、我々が日常的に慣れ親しんだ物理法則とは全く違う原理を採用する事で、従来型に比較して圧倒的な情報処理能力を持つコンピュータ。
簡単に言うのであれば、富士通・理研らによる「京」やIBMの「Summit」といった、いわゆるスーパーコンピュータを大幅に上回る処理速度を有する計算リソースを実現する可能性のあるテクノロジーだと理解すればよいだろう。
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2019.01.11

従来のコンピュータとの違い

コンピュータの情報処理能力の源泉とは、情報の「保持」と「演算」にある。従来のノイマン型コンピュータは、データを「0」か「1」のどちらかの情報として保持した上で、Not演算とOr演算と呼ばれる二つの演算方式の組み合わせで演算を行う。初期の歯車を組み合わせた機械式のコンピュータから、現在のほとんどデバイスに採用されている、シリコンチップに書き込まれた超高密度のトランジスタに至るまで、この原則は変わらない。すなわち、「0」と「1」のどちらかの状態しか表現できず、2つ以上の状態を同時に表現することはできない。

一方、量子コンピュータは、特定の条件で物質が量子的な振る舞いをするという特性を活かし、1単位あたり(これを量子ビットと呼ぶ)「0」、「1」、そして「0でも1でもある状態(これが量子的重なりと呼ばれるものである)」の3通りで表現する事ができる。そしてこれらを、重なり合った状態を維持したまま処理することで、複数の入力変数に対する計算を同時に進めることができる。仮に、50量子ビットの性能を持つ量子コンピュータにおいて、全ての量子が重なりあった状態であれば、約1,125兆(2の50乗)通りの計算が一瞬で完了することになる。そして、量子ビットを増やすことで、計算能力を指数関数的に増強していくことが可能なのだ。

量子コンピュータの方式は大きく2つ

現在のスーパーコンピュータの上位互換にあたる「量子ゲート方式」=「汎用型」と、組み合わせ最適化問題を解決することに特化した「量子イジングモデル方式」=「特化型」、の2つに大別できる。

量子ゲート方式と量子イジング方式の比較

量子ゲート方式
量子ゲート方式の量子コンピュータは、対応するプログラムさえ開発できれば、どんな問題も瞬時に解く潜在力を持っていることから「汎用型」と言われる。ただし、量子コンピュータが従来のコンピュータの計算力を凌ぐのは、量子力学の特性である重ね合わせ状態をうまく利用したアルゴリズム(計算手順)が見つかっている場合だけである。そしてこのアルゴリズムには大きな制約があり、物理的な可逆性(簡単に説明すれば、全く同じ手順で計算を巻き戻す事ができる状態)が必要とされる。そのため、量子的重ね合わせをコンピュータに応用する概念自体は、1981年にノーベル物理学賞を受賞した事でも知られるリチャード・P・ファインマンによって提唱されていたものの、アルゴリズムの実現性に乏しい「夢の技術」とされていた。

しかし、1994年に、現在マサチューセッツ工科大学の教授であるPeter Shorが素因数分解の量子アルゴリズムを発見したことで、計算機科学分野で量子コンピュータへの注目度が一気に高まることとなった。今や実用化直前と言われるまでに研究が進み、各社による開発競争が激化している。IBMは、量子ゲート方式の「IBM Q System」を開発。これに関心を持つ企業や学術研究機関による「IBM Q Network」というコミュニティーも組成しており、研究・開発と並行して量子コンピュータの活用法を積極的に探求している。日本でも今年5月17日に慶應義塾大学と共に「IBM Q ネットワークハブ」の開設を発表し、実用化に向けてグローバルな知見を集めている。Googleは、量子ゲート方式の権威として知られるカリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授を招き、実用化に向けた研究・開発を進めており、2023年の商用化を予定している。Microsoftは、量子コンピュータ向けの最新プログラミング言語の開発に着手することで、研究者の囲い込みを開始、2023年にAzure上でのサービス提供を予定している。上記以外にも、IntelやAlibabaなど、名だたる企業が研究・開発に乗り出している。

量子イジングモデル方式
量子イジングモデル方式の量子コンピュータに注目が集まったきっかけは2011年、カナダのベンチャー企業D-Wave Systemsが商用化したことだ。1998年に東京工業大学の門脇正史氏と西森秀稔氏によって提案された理論「量子アニーリング方式」を応用したものであり、汎用性は高くないが、「組み合わせ最適化問題」を解くことに関しては従来のスーパーコンピュータを凌ぐ処理能力を持っている。分かりやすく言えば、「膨大な選択肢の中から最適な選択肢を探し当てる」ことが得意と言い換えても良い。

当初は、量子計算分野の一部の科学者たちから「これは量子コンピュータではない」「量子ゲートを使用していない」などの批判を受けたが、2013年にNASA(アメリカ航空宇宙局)、Google、USRA(アメリカ大学宇宙研究協会)が共同でD-Waveを使用した研究所を設立したことで、批判は少なくなってきている。実際に、Googleは、こうした「組み合わせ最適化」問題については従来型のコンピュータの1億倍高速に計算できると有効性を語っている。

しかしながら、D-Waveの量子アニーリング方式には限界がある。高速に解けるのは「組み合わせ最適化問題」に限られることに加え、計算能力を高めると間違った答えを出しやすくなる。「特化型」量子コンピュータと呼ばれるのはそのためだ。

日本企業においては、量子ゲート方式ではなく、量子イジングモデル方式に注力している傾向があり、今後の商用化に向けた研究・開発や、ユースケース創出に向けた取組みを加速させている。日立製作所は、2016年度から産業技術総合研究所、理化学研究所、情報・システム研究機構、早稲田大学とともに、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託を受けて開発した「CMOSアニーリング」を2018年9月からクラウドで無料提供を開始、2020年に商用化を予定している。NECは、2023年までに実用化するため、研究体制を拡大し、研究開発を大幅に加速すると発表している。NTTや国立情報学研究所などの研究グループは「レーザーネットワーク方式」と呼ばれる「量子ニューラルネットワーク(QNN)」を2017年11月から提供を開始し、2020年には商用化する予定としている。

量子コンピュータの応用分野

上記の通り、現状ではイジングモデルが先行しており、応用分野に対する注目度も高い。「組み合わせ最適化問題」の解を高速で導くことができれば、化学物質の構造解析・シミュレーションによる新薬や素材の開発、都市交通サービスの最適化や交通渋滞の緩和、物流ルートの最適化などが実現できると期待されている。

(応用分野の一例)
  • マーケティング:広告配信の最適化・デジタルマーケティングにおけるパーソナライズの精緻化
  • 金融:金融ポートフォリオの最適化
  • 化学:化学反応シミュレーション、たんぱく質の三次元構造最適化/解析
  • 医療:がん治療に向けた薬剤発見/最適量算出・テーラーメイド医療の高速化
  • 交通:都市交通サービスの最適化/交通渋滞の緩和
  • 物流:飛行機/船舶/トラック等の輸送に関わる物流ルートの最適化
  • 公共:災害時の復旧計画

期待するテクノロジーランキング(2018年 to 2030年)

応用分野の話題から少し脱線するが、国内企業のビジネスパーソンから見た時の、量子コンピュータの進化に対する興味・関心度は高いと言える。日経BP社のアンケート結果を拝借すると、2019年に期待するテクノロジーのランキング第21位であるのに対し、2030年に期待度が高いテクノロジーでは第4位にランクインしている。