顧客体験の非連続な変革デジタル時代におけるCXの捉え方

デジタル変革の出発点であるCX(カスタマーエクスペリエンス)を実際に生々しく理解することは非常に難しい。従来型事業の維持にリソースの大部分を割かれる大企業の中で、千差万別の顧客の感情を捉える努力をし続けることは困難だからだ。

CXを考える上で重要なポイントは3つある。
  • ​顧客を「消費者」ではなく「生活者」として捉える
  • さらに生活者体験の「瞬間」を捉える努力をする
  • 自社の提供するCXの特徴をよく理解する

顧客の定義が変わっていることの認識から、デジタル時代のCX理解が始まるのだ。
2019.01.11

背景・課題意識

デジタルビジネスの重要な前提は、すべての価値はCXに帰属するということだ。すなわち、全ての検討の論点は、利益の最大化や事業継続性の向上ではなく、魅力的なCXの提供を目的に置く必要があるのだ。

日本企業においても、CX重視というキーワード自体は広く浸透してきている。しかしながら、「CX重視=顧客中心主義」と誤解しているケースが多く見受けれらるように感じる。顧客中心主義とはすなわち、「お客様は神様」の発想であり、日本企業の得意な「おもてなし」の発想だ。これは日本企業の高いサービスレベルを支える重要な発想であり、忘れてはならないものだが、それゆえにCX理解の妨げにもなっている。

デジタル時代のCXを理解するためには、競合よりも安い価格や、従来より高いスペックの提供といった「よりよいおもてなし」の発想から一度離れて、そもそも顧客とはどんな存在なのかという、顧客の再定義から始める必要がある。

アプローチ

CXを考える上で重要なポイントは3つある
  • 顧客の再定義(顧客を「消費者」ではなく「生活者」として捉える)
  • 体験の再認識(さらに、生活者体験の「瞬間」を捉える努力をする)
  • CX類型の理解(日常と非日常におけるCXの違いを理解する)

顧客の再定義
従来の顧客理解は、「いかに気持ちよく対価を支払ってもらうか」を念頭に置いていた。その結果として、顧客の消費行動を中心とした検討を行い、企業目線での「おもてなし」を進化させてきた。しかし、デジタル時代になり、顧客とのタッチポイントが増加・バーチャル化したことで、顧客の状況がより細かく観察できるようになった。デザイン思考という考え方が浸透し、エスノグラフィやペルソナ想定といった、顧客の生活を中心に置いた考え方が、Webマーケティングを中心に重要視されつつある。

顧客を消費者ではなく生活者として見ることで、顧客の消費につながる本当のレバーを見極めることができる。時としてそれは、従来のバリュチェーンを根底から覆すほどのインパクトを持つだろう。顧客が従来のタッチポイントとは全く無関係なところで購入の意思決定をしている可能性があるからだ。「顧客は金を払う機械ではない」という意識の徹底が、CX理解の出発点だ。


体験の再認識
顧客を生活者として捉えた上で、生活者体験についての認識を改めることも必要だ。特に多い認識として、「サービスの提供価値は顧客の中で蓄積する」という甘えがある。生活者は自社のサービスを利用するために生活している訳ではない。生活者の中でサービス体験が認知されている時間は、大抵の場合は自社の認識よりもはるかに少ない。

仮に、顧客が毎日利用する手放せないサービスがあるとして、利用している間はサービスの価値は認知されている。しかし、利用が終わった次の瞬間には、顧客の気持ちは別の何かに向いているはずだ。消費の意思決定のタイミングを捉えようとするのであれば、その瞬間はさらに見いだすことが難しくなる。まさに、「気持ちになった」瞬間を捉えることが重要だ。

つまり、CXの出発点に据えるべきなのは顧客の興味が分水嶺を越えた瞬間、Tipping pointなのだ。その瞬間こそが、サービスと顧客の出会いであり、サービスのCXが始まるポイントである。
ただし、デジタルマーケティングにおけるリードナーチャリングのように、顧客の興味を育成する考え方は、特にB2B領域では一定の効果はあるだろう。(B2Bにおいてより効果的な理由は明白で、意思決定のプロセスがある程度規定されているからだ。)


CX類型の理解
以上の2点を前提とした上で、自社の得意とするCXの性質についても理解する必要がある。CXは大きく2つに大別される。”だよね・あれ?”と”さすが・まさか”だ。その理由は生活者は日常の中で、意識の有無に関わらず「日常」と「非日常」を使い分けて生活しているためだ。

日常の瞬間に求められるCXとは、空気のように自然で、しかし必要不可欠な、母親のようなものだ。インパクトは少ないが、いわばCXの賞味期限が長く、やがて、手放せないものとして定着してゆく。いなくなって初めて、価値がわかることもあるだろう。あるいは、ふとした瞬間に価値に気づくこともある。例えば、数年前から都内の地下鉄の通信環境は整備が進み、当たり前に公衆Wifiや4G回線が利用可能になった。おそらく、顧客の最初の感想は”だよね”(地上で使えているものが地下でも使えれば当然に便利)だ。しかし、何がしかのトラブルで一時的に使えなくなれば、”あれ?”(当然のように使っていたが、かけがえのないものだったんだな)と価値に気付く瞬間が訪れるだろう。

一方で、非日常の瞬間には、顧客がすでに期待しているという前提がある。顧客はカタルシスを求めているのだ。こうあってほしいという期待値に正しく答えるのが、”さすが”のカタルシスであり、これを毀損しては、サービスは初めから失敗しているようなものだ。顧客から見た、自社のコアとなるCXは正しく理解する必要がある。そして、これをさらに突き詰めることで生まれるのが、顧客の想像を超えるような、”まさか”のカタルシスだ。理想的なのは、顧客が想像すらしていない体験だ。

成功の要諦

自社の目指すCXを定義する
生活者、そしてCXそのものについてどんなに理解していても、実際に自社の状況に当てはめることができなければ絵に描いた餅である。自社のブランドや、サービスの特徴をよく理解し、サービスとして日常と非日常のどちらのCXを提供するのか、どこまでのレベルを目指すのかを見極めることが重要であり、またそれがCX理解の最終目標である。

CXをサービスビジョンに落とし込むのも良いだろう。自社に合ったサービスであれば、それはコーポレートビジョンのサブセットになっているはずだ。サービス業であれば、Valuesと呼ばれる行動規範に落とし込まれることもある。高級ホテルであるリッツ・カールトンのクレドが著名な例だ。クレドは全世界のリッツ・カールトンにおいて翻訳され、クレドカードという形ですべての従業員が携帯している。自社の目指すCXを明文化・共通認識化しているのだ。

 
CXの提供要件を確認する
CXの提供方針が決まった段階で、CXを具体的にどのような要件で提供するのかも確認しておくと良い。顧客目線でのCXは前述の2つに大別されるが、企業目線の提供要件は”お得””便利””楽しい””安心”の4つに分けて考える。特に、非日常型のCXであれば、この要件は非常に重要だ。顧客の心を一瞬で引き付けるようなCXを生み出すために、提供するサービスのCXを分解し、それが生活者目線で本当に価値があるものなのか。企業の甘えになっていないかを確認するべきである。そうすることで、企業マインドと生活者マインドの垣根を乗り越え、価値を研ぎ澄ませて顧客に届けることができる。
 

「非日常」型のCXを企業の提供要件で整理する例

本当に価値のあるCXとは、企業と顧客で共に作り上げた時に生まれる体験なのだ。顧客との「真の共創」を達成できれば、どんなディスラプターにも対抗できる。その時こそ、企業目線に閉じない、日本企業としての本当の「おもてなし」が実現できるはずだ。

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